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あってはならない惨劇から半日もの間、俺は一歩も動けずただじっと座っていることしかできなかった。 俺が読んでいた国木田のノートは全部偽物? それどころか、俺の妄想にすぎなかってのか? だが、あの正体不明のノートのおかげでそれが現実になり、古泉たちの存在まで書き換えてしまった。 そして、俺が作り出した妄想で俺が悪の組織に仕立て上げた機関の人たちを俺の手で皆殺しにしてしまった。 「いつまでそうやっているつもり?」 力なく自動車道の縁石に座り込んでいる俺の隣には、ずっと朝倉がいた。座りもせずにただただ優しげな笑みを浮かべ 俺をじっと見下ろしている。 俺は力なく路面を見つめたまま、 「……何もする気が起きないんだよ」 「でも、何もしないからといってこの現実は変わらないわよ」 朝倉の台詞は陳腐にすら思えるほど定番なものに感じた。その通りだ。何もしないからといって何が変わるわけもない。 だが…… 「どうしろってんだよ……! 死んだ人間はもう生き返らなねえんだぞ! こんな……こんなことをやらかして どの面下げてハルヒたちのところにいけって言うんだ!」 絞り上げれられたような声が口から吐き出た。そうだ。もうどうしようもない。どうにもならない…… 「ごめんなさい……」 ここに来て朝倉の声が変わった。今までのにこやかなものとはうってかわり、悲痛に満ちたものに変化している。 俺はすっと頭を上げて、朝倉を見た。そこには初めて見るような悲しげな表情を浮かべた彼女の顔があった。 「さっきはごめんなさい」 朝倉は謝罪を続けるが、なぜ謝る? 「思わずあなたが悪いように責めちゃったから。少し考えてみたけど、やっぱりあなたは悪くないわ」 「安っぽい同情なんて止めてくれ。そんなことをされても虚しくなるだけだ……」 「いいえ、これは重要なことなの」 そう言うと朝倉はすっとしゃがみ込んで俺の背後に回り、ささやくように言葉を続ける。 「あなたは悪くないわ。やったのはあのノートをあなたに渡した人よ。何の目的があってやったのかは知らないけど、 あなたを陥れようとしていたことは確実だわ」 「だが、いくら誘導されても俺がみんなを信じ切れなかったことは確かなんだよ! あんな妄言なんて信じずに まず古泉たちに一言相談すれば良かったんだ」 俺は頭を埋め尽くす後悔の念に耐えられなくなり、手で顔を覆う。 少し考えればわかったことだった。最初に機関にあのノートを見せるなというのは、 国木田に対する信頼もあったから否定することは難しかったかも知れない。だが、内容は今考えれば明らかにおかしい。 そもそもなぜ回想録のように今までのことを振り返る形式で書かれている? そんな重要な告発文なら とっとと結論を書いておくはずだ。理由は簡単。あの時俺の頭には、国木田がどうして、どうやって機関に入ったのかを 知りたい願望があった。だから、あのノートの内容を裏で操作していた奴は、それを叶えるように回想録のような形式にした。 俺は自分が知りたいという願望が忠実に再現されていたため、その内容に全く違和感を憶えていなかった。 そして、次に決定的に不自然だったのがページからページに飛ぶ際だ。まれに続きが気になるような切れ方をしていたが、 その次のページには俺が望んだとおりの内容が書かれていた。あれが知りたい、これはこうだったんじゃないか―― そう言った要求や想像に的確に答えている。考えればすぐにわかったことだ。 それなのに俺はまるで何も考えず、その内容をただ受け入れた。 その時は良いと思っても、あとで見返せばとんでもなく問題のある行為だった、なんていう話は日常ではよく見かける。 俺はこの重要な局面でそれを犯してしまったんだ。 「それは違うわ。そもそも、あんなノートを使ってあなたの猜疑心を煽るなんて言うことがなければ、 こんな事にはならなかったのよ? 色々条件が整えば、誰でもつい不安に思ったりしちゃう。 大抵の場合は、それは時間が進んで別の事実に付き合わせれば、ただの妄想に過ぎないって解消されるわ。 でもね、このノートは徹底的にあなたを煽り続けたの。不安に不安を募らせて、あまつさえ現実へ介入さえした。 だから、全てに置いて矛盾が発生しなかった。こんなことは第3者の悪意がなければ成り立たない話よ。 はっきりと言えるわ、あなたのせいじゃないって」 「だが……やっちまったことには変わりがないんだよ。もうどうしようも……」 ここで朝倉はすっと俺の背中に抱きついてきた。そして、さらに耳元でささやき始める。 「自分のミスが許せないのね。でもね、こんな理不尽な話があると思う? 自分のせいじゃないのに、とんでもなく大きい罪を 着せられてしまう。やった本人に復讐はできるけど、だからといって起きてしまったことが変わる訳じゃない。 あなたはそんな不合理が許せる?」 「それが現実って奴だ。一度やってしまったことが消えるなんて言うことはあり得ない」 「でも、その方法が一つだけ存在していると言ったらどうする?」 朝倉の言葉に、俺ははっと顔を上げた。俺のミスが全部無かったことになる? バカ言うな。そんなことがあるわけがない。 だが、朝倉はしゃがんだまま俺の前に立ち、両手で俺の方をなでるようにつかむと、 「あるわ。一つだけね。そして、その方法をあなたは知っている……」 俺を見つめている朝倉の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。そんな方法が存在していて、俺が知っている? この俺の失態を無かったことにできる方法は一つ。死んだ古泉たちを生き返らせるぐらいしかないぞ。 そんなことはいくら望んでも適うわけが――いや、ある。確かにある。 「……あのノートだ! あそこに俺が殺してしまった人たちが生き返るように書けば――」 「それは無理。少なくともあなたが望むようなことにはならないわ」 「なんでだ! あそこに書いたものは全て現実になるんだろ? なら生き返れと書けば生き返るはずだっ!」 つばを飛ばして力説する俺だったが、朝倉は顔を背けることもなく、ゆっくりと首を振って、 「有機生命体の生存活動を再開することは可能だと思う。でも、それでできあがるのはただ生きているだけで意思のかけらもない ただのタンパク質の固まりのようなものだけよ。記憶、感情、身体的構造……あなたはそれを全て知っている? それを事細かに表現して、ノートに記さなければ、あなたが望んだ人形ができあがるだけだわ」 「だったら全部元通りって書けばいいだろ!」 「それもどうかしら? 曖昧な記述では、どういう作用の仕方をするかわからないわよ? それにあのノートの背後に あなたを誘導していた人がいることを忘れないで。そいつの意思で記述の内容をどうにでも書き換えられるんだから。 やってみる? うまくいくかも知れないし、失敗するかも知れない。あなたに任せるわ。でも、そんなリスクのある方法よりも もっと確実な手段をあなたは知っているはずよ。よく考えてみて」 朝倉の問いかけに、俺は再度思考をめぐらせる。確かにノートの使用にはリスクが生じる。 そもそも、あれは俺を陥れるために渡されたものだ。同じ事が再現するだけかも知れない。 そうなれば、もっと良い方法があるならそっちを選択するべきだな。他には――他に―― 次に脳裏に過ぎったのは、過去に遡ってとっととあのノートを破り捨ててしまう方法だ。 そうだ、過去を改ざんしてしまえば惨劇は全てなかったことにできる。それを可能にするためには 朝比奈さんのTPDDがあれば可能だ。そうだ、それでいい。 だが、すぐに問題点が頭に浮かんだ。まず朝比奈さんがTPDDを使わせてくれるのだろうか? いや、大体あれを使うかどうかは、過去の朝比奈さんの言葉から察するに彼女一人の判断ではできない。 未来側の許可がいることになっているようだ。俺のミスを帳消しにしたいから過去に戻りたいなんていって許可が下りるか? 到底、そんなことが認められるとは思えない。それに、過去を変えてしまったら、今こうやって自分の失態に苦しんで 打開策を悩んでいる俺自身はどうなる? 過去が帰られたが故に、俺のいる未来そのものがばっさりと切り捨てられることになる。 それでは何の意味もない。 「――涼宮ハルヒ」 唐突に朝倉の口から飛び出してきた言葉。ハルヒ。長門曰く情報爆発であり、朝比奈さん曰く時間の断層、 古泉に至っては神と呼ぶ存在。そして、それが有している力は何でも作り出せる情報創造能力。 「……そうか。ハルヒか! 確かにこんな閉鎖空間を平気に作り出せる奴だ! あいつの能力をちょっとだけ使わせてもらえば、 こんなことは全部無かったことにできるかも知れない! そうだハルヒだ!」 至った結論に俺は大きく笑い出してしまった。さっきまでの絶望感が嘘のように無くなり、閉鎖空間の灰色も ずっと明るくなっているようにすら感じられる。 「そうよ、涼宮さんの力を使えば何でもできるわ。あなたの理想がすべて叶うのよ。それってすごく素敵な事じゃない? そして、あなたは涼宮さんにとって大きな存在でもある。自覚さえしてくれれば、きっとあなたの言うことも叶えてくれるはずね」 「だが、どうすればいいんだ?」 ここで朝倉は俺の頬から手を離し、立ち上がる。そして、すっと空を見上げると、 「実を言うとね、あたしは涼宮さんの居場所を知っているの。でも、頑固に閉じこもっちゃってて出てこないのよ。 だから、あなたに説得して欲しいのね」 「……わかった。すまないがハルヒのところまで案内してくれ」 「うん、そうする。でね、ちょっとお願いがあるんだけど……」 朝倉はもじもじした仕草を見せつつ、 「あなたが涼宮さんにお願いするときに、あたしの願いも叶えて欲しいの」 「いいぞ、そのくらい。ハルヒに頼んでやるさ」 「ありがとう! じゃあ、これから涼宮さんのところに連れて行ってあげる♪」 そう言って朝倉は軽い足取りで俺の手を引き始めた。そうだ、ハルヒのところへ行こう。そうすれば、全て終わるんだから―― ――目を覚ませ! この大バカ野郎が!―― 「いてっ!」 耳に背後から聞いたことのあるような無いような声が届いたかと思ったら、頭の頂点分を何かで思いっきり殴られた痛みが走る。 ヘルメットを外していたおかげで、何かが頭を直撃したようだ。 俺はあまりの痛みに頭をさすりながら、振り返る。せっかく気分が良くなったってのに、なんだ一体! ……しかし、振り返った瞬間、俺の身体が凍り付いた。なぜならそこには一瞬だけ『俺』がいたように見えたからだ。 すぐに2,3度目をこすって見返す。すると、『俺』の姿はすでに消えていた。幻覚でも見たかと思ったが、 頭の痛みはそのままだ。なんだってんだ。 「どうかしたの?」 俺の異変に気がついたのか、朝倉が不思議そうにこっちを見つめている。俺は痛みの残る部分をさすり、 特に怪我とかをしていないことを確認しつつ、 「いや……何でもねえよ。さあ、とっととハルヒのところへ行こうぜ」 「うん、わかった」 そう言って俺たちはまた歩き出す。しかし、さっきのは何だったんだ? 一瞬俺の姿も見えた気がしたが、 それにその前に浴びせられた罵倒は俺の声じゃなかったか? まさかドッペルゲンガーじゃねえよな。 それとも俺の深層心理の部分で何か引っかかるものがあるとでも言うのだろうか。目を覚ませ。それがその時聞こえた言葉の一つ。 「……目を覚ませ――か」 その台詞はあのノートに騙されている時にかけられるべき言葉だろ。俺の第六感ってのは反応まで半日以上かかるような 鈍い代物なのか? まあいい。もうそんなことなんてどうでもいいんだ。ハルヒの元に行けば全て解決するんだからな。 ――騙されないでっ!―― 今度は可愛らしいが鼓膜が吹っ飛ぶぐらいの声が脳内に響く。 ――お願いですっ! しっかりしてくださぁいっ!―― しばらく声の音量がでかすぎて気がつかなかったが、ようやくわかった。 「……朝比奈さんですか!?」 俺の頭の中の声は間違いなく朝比奈さんのものだった。ああ、2年近く聞いていなかったが、このエンジェルボイスだけは どんなことがあってもわすれるつもりはねえぞ。 ――キョンくんっキョンくんっ! 気を確かにしてくださいぃ! がんばって! しっかり!―― 「いや朝比奈さん! 声をかけてくれるのは大変ありがたいんですが、もうちょっと音量を下げて……。 鼓膜がいかれるどころか、脳内の音声認識回路までふっとんじまいそうですよ!」 ――あ、すみませんっ……ごめんなさいぃぃぃぃぃ―― もうこのふにゃふにゃな対応は朝比奈さんそのものだ。これがまた朝倉のように脳内イメージから作り出されたっていう偽物なら 俺はもう何にも信じられなくなるぞ―― ……唐突に。本当に唐突に気がついた。いや、気がついたと言うよりもあの『目を覚ませ』『しっかりしてくださぁい』の 意味がようやくわかったといった方がいいだろう。ちっ、何で今まで気がつかなかった? 「本当にどうしたの? 大丈夫?」 また朝倉が不思議そうな顔+不安な顔を俺に向けてきていた、 俺は立ち止まったまま朝倉を凝視し 「お前は誰だ?」 その言葉に、朝倉の顔にわずかながら動揺が走った。まるで気が付かれたかと言いたげなように少しだけ引きつっている。 だが、すぐにいつもの柔らかい笑顔に戻ると、 「そんなこと知ってどうするの? あたしのことなんかより、今のあなたにはやらなければならないことがあるんじゃない?」 「そうだ。だからこそ、不安要素は全て消し去っておきたいんだよ」 俺の返答に、朝倉は今度ははっきりと失望の表情を浮かべた。そして、視線を下げたまま俺の元に歩いてくる。 ――キョンくん気をつけて。その人は……―― ああ、朝比奈さん。今度は声が小さすぎて聞こえませんよ。何ですか? だが朝比奈さんが再び声をかけるまでに、朝倉が俺の前に立ち、とんでもないバカ力で俺の肩をつかんできた。 「良いから黙って付いてくればいいのよっ!」 俺は驚愕する。今さっきまでは確かに俺の前にいたのは朝倉涼子だった。あの谷口はAA+評価を下すような完璧の美少女。 だが、今俺の肩をつかんでいるのは、全く見たことすらない中年女だった。浴びせてきた声も可愛らしいものとは正反対の すり切れて低い声だ。 ――その人はキョンくんの知っている人ではありません!―― 「何で言うことを聞かない!?」 朝倉――いや、中年女のどす黒い罵声が俺の身体を震わせる。その顔は怒りと悪意で醜くねじ曲がり、異様な殺気を 噴出していた。上から下まで見回しても見たことのない奴だ。俺が生まれてきてから見てきた人の中に こんな奴は全く該当しない。誰なんだ。 「あんたは黙って言うことを聞けばいいっ! そうすれば、仲間を皆殺しにした罪は全部消えるんだよっ! 何の損がある!? まだ何か不満でもあるって言うのかいっ!?」 「――離せこの野郎!」 俺は必死にその中年女引きはがそうとするが、化け物じみた力で俺を押さえつけているらしく全く微動だにしない。 挙げ句の果てに、怒りにまかせて俺の身体を揺さぶり始めると、 「どうしてあたしの邪魔ばかりするっ! どいつもこいつも気にくわない! せっかく優しくしてやったのに、 平然と疑いやがって! 何様のつもりだ、このくそ男が!」 あまりの罵倒ぶりに一瞬頭の中が空っぽになる。何だ、こいつは。今まで変な奴も見たことはあったが、 度を超して狂っているぞ、こいつは。 「ああそうかい! お前がそんな態度を取るってなら、こっちも情けなんてかけないよ! 今すぐお前の思考能力を奪ってあたしの人形に仕立て上げてやる――」 『そうはさせない』 今度は長門の声が俺の頭の中に響いた。ほどなくして、中年女の表情が一変して俺から離れようとするが、 すぐに醜い悲鳴を上げて苦しみ始める。ああ、はっきりいって展開について行けてねえぞ俺は! 「ふざけやがって! 死ね! みんな死んじまえ! どいつもこいつも! みんな消えて無くなればいいのよ! 消えちまえっ!」 そう最期まで汚らしい罵声を上げながら、その中年女の姿が原子分解でもされたかのように光の粉となって消えていく。 そう言えば、長門が朝倉を消滅させた時もあんな状態だったな…… 『時間がない。すぐあなたを別の時間軸へ転移させる』 いや、長門。少しは俺に説明してくれよ。はっきり言って訳がわからなくて、頭の中でA~Zまでの単語がバウンドして 暴れ回っているんだ。 『急がないと彼らがやってくる。すぐに行きたい場所を思い浮かべて』 ああ、もうわかったよ。その代わりあとでゆっくりと事情を聞かせてもらうぞ。ところで、どうやって別の時間に行くんだ? 長門は確か時間移動できないんじゃないのか? 『朝比奈みくるのTPDDを強制起動して使用する。今あなたを危険性のない空間に移動させるにはそれしかない。 同一時間平面上では彼らはすぐに追いかけてくる』 ――ええっ!? ちょちょちょっと待ってくださぁいぃ!―― 朝比奈さんもパニックになっているぞ。やっぱりもうちょっと落ち着いてだな…… 『来た』 「え――」 長門の言葉に反応して、俺は辺りを見回して――腰を抜かした。いつの間二やら、俺の周りを大勢の人間が囲んでいた。 男女年齢性別に関わらず、一応に無表情な顔つきで俺を睨みつけている。明らかに敵意を感じるぞ。 『彼らにあなたを渡すわけにはいかない。彼らはあなたの外見と記憶だけが必要。一度捕まれば、あなたの自我意識は 修復不可能なレベルまで分解される。そうなれば、どれだけ情報操作を行っても元には戻せない』 「うわっわわわっ!」 俺は長門の言葉も耳に入らず、腰を抜かして辺りを逃げ回った。だが、不思議なことにそいつらは立ち止まったまま、 一向に俺の方に近づいて来ようとしない。 ――ほどなくして、まるでラジオの奥底からかすかに聞こえるような小さな物音が耳に届き始める。 じわりじわりとその音量が大きくなっていき、次第に耐えられないほどの騒音とかしてきた。 俺は必死に耳を閉じてそれをシャットダウンしようとするが、直接脳が認識しているせいか全く効果がない。 その騒音は最初はただの意味をなさない雑音だと思っていた。だが、たまに人間の言葉らしきものが混じっていることに 気が付く。それはさっきあの中年女が言っていたのと全く同じようなものだった。 罵倒の応酬。今俺の頭にそんなものがぶつけられている。このままだと長持ちしねえぞ。 『彼らが互いを牽制している。今の内に、あなたを移動させる。早く行きたい場所を思い浮かべて』 ええい、また説明もなく急転直下の展開か! だが、これ以上耳元で騒がれたら本当におかしくなる! やむ得ず、喧噪の中、俺はどこに行きたいか考え始める。色々頭に浮かぶが雑音が邪魔してまとまらねえ。 行きたい場所――会いたい人。長門は完全ではないが、会った。朝比奈さんはさっきようやく声が聞けた。 なら、まだたった一人声を聞けていない人物…… ……その時、俺はハルヒに会いたいと思った。 ◇◇◇◇ 俺はいつの間にか閉じられていた目を開く。 重力を失ったように、俺は暗闇の中を漂っていた。いや、薄暗いものの周りには何かが見える―― 『ちょっとキョン。のどが乾いたからみんなにジュースを買ってきなさい。あ、当然あんたのおごりでね』 『何で俺が』 耳に入ってきた会話。エコーがかかったようにぼやけたものだったが、はっきりと聞き覚えのあるものだった。 俺は目をこすって辺りを確認する。薄暗く霞がかかったみたいに視界が悪い。それに光が屈折しているかのようにゆがんでいる。 何とかそんな視界にようやく慣れてきたころ、俺は今目の前で何が起ころうとしているのか悟った。 待て! そっちに行くな! 必死に叫ぶが、声が出ない。 視線の先には脳天気に自動販売機を目指して歩いている奴がいる。どっからどうみても俺だ。あの日――俺が事故にあった日。 今俺はその時間にいるんだ。だが、どうしてこんな中途半端な状態なんだ? 必死に泳ぐように俺の後を追おうとするが、蹴るものが何もない状態では進みようがない。周りには俺の姿が見えていないのか、 誰一人こっちを気にかける人もいない。 止めなきゃならん。俺が事故に遭うのを阻止できれば、その先に起こる悲劇は全部起きなくなるんだ。 今ここにいる俺が消えるかも知れない? 知ったことか! 目の前で起こることの結末を知っていながら見過ごすほど 落ちぶれちゃいねえ! すぐに身体中を手で探り、何か使えるものがないか探す。しかし、使えそうなものは何もなかった。 このままではあと数十秒で俺が盛大にはねられるというのに、何もできずにただ見ているだけなんてまっぴらゴメンだ。 俺はふと思い出す。靴を脱ぎかけの状態にし、目の前を歩くの俺の反対方向へ蹴り飛ばした。すると思った通りに 反作用が発生して、ゆっくりと俺の身体が流れるように動き出す。よしいいぞ。このまま俺の背中を捕まえてやる。 ゆっくりと移動し、俺の背中に迫る。幸いまだ信号待ちの状態だ。このまま手を伸ばせば―― 『邪魔をするな』 衝撃を伴った大勢の声が辺りに響く。俺は一瞬身構えて、辺りを見回した。 誰もいない――いや違う! 俺の方を見つめている人たちがいる。歩道を歩いている老人、公園のベンチに座っている青年、 自動車に乗るOL、自転車に乗ったまま立ち止まっている女子学生……周りを歩く一般人たちの中にポツンポツンと 俺の存在に気が付いているように見ている人がいる。 ――瞬間、俺は気が付いた。目の前にいた俺の背中が横断歩道を歩き始めていることに。 待て! 進むな! それ以上進むと…… そして、はっきりと目撃した。目の前で俺がトラックに轢かれる瞬間をだ。確かに一瞬俺の身体はバラバラになっていた。 しかし、すぐにビデオの逆再生のように復元される。振り返れば、ハルヒが手を伸ばしてこっちに走ってきていた。 やはり、ハルヒが俺の傷を癒していたのか? トラックはすぐにバランスを崩して、近くの電柱に突っ込んだ。激しい衝突音が耳を貫き、ほどなくしてクラクションの音が 虚しく鳴り続けるようになる。 『キョン! キョン!』 ハルヒがすぐに路上に倒れたままぴくりとも動かない俺のそばに駆け寄った。続いて、朝比奈さん、長門、古泉も真っ青な顔で 俺の様子をうかがう。 古泉は思い出したように携帯電話を取り出すと何やら話し始めた。おそらく救急車を呼んでいるんだろう。 朝比奈さんは泣きじゃくりながら俺への呼びかけを続けている。一方の長門は、俺の身体に何も異変がないことを察知したのだろう 少し安心したような――表情には出していないがそんな雰囲気を見せながら、辺りの様子をうかがっていた。 そこで思い出す。さっき俺を見ていた連中を再度見回すと、今度は倒れている俺辺りを全員で見つめていた。 こいつらはいったい何なんだ? 一方の長門も全身のオーラを一変させて、強い警戒感をあらわにしている。 と、そこで見つめたまま動かなかった自転車に乗った女子学生が無表情から心配そうな表情に変化させて、 俺のそばに寄ってきた。どうやら身を案じているようだったが、それをすぐに長門が遮る。 『近寄らないで。重傷のおそれがある。専門知識を持った人以外は触れない方がいい』 その言葉に、女子学生は納得したような表情を浮かべたが、そいつが軽く舌打ちしたのを俺は見逃さなかった。 長門の言葉を聞いたのか、古泉がハルヒと朝比奈さんを俺から引き離し始める。二人は完全に腰を抜かしてしまっているようで、 もう何も言えずに路上に座り込んでいた。 ほどなくして、救急車がたどり着き、救急隊員が俺の様態を調べ始める。一方の長門は、やはり殺気の連中が気になるのか、 俺から少し離れてその周りをグルグル回っていた。 ――だが、長門の死角になったあたりで、あろうことか救急隊員の一人が妙な行動を取った。俺の額に手を当てて 何かをしている。明らかに医療行為とは違う。なぜなら、そいつの顔が狂気に染まった笑みを浮かべているからだ。 だが、長門は周りに警戒心を見せているために、それには気が付いていなかった。 やがて、担架に乗せられた俺は救急車に運び込まれ、ハルヒたちも乗り込んだ。そのまま、病院に向けて走り出す。 野次馬がそのまま残って見ている中、俺たちを見ていた連中はまるで何も起きなかったように、その場を去っていった。 ちくしょう……せっかく大チャンスだったってのに、何もできずに終わるなんて……! 後悔と自分の無力さを嘆くが、どうにもならない。これからどうする? まだ別の場所に移動できるのか? このまま浮遊したままなんてゴメンだ。 俺はまた願い始める…… ◇◇◇◇ 「ぐはっ!」 強烈な落下感とともに、俺の背中に強烈な刺激が展開した。一瞬呼吸が止まり、全身に震えが走る。 俺はしばらくそれにもだえていたが、ほどなく寝ころんだまま手で周りを探り始めた。どうやら仰向けに倒れているらしい。 手のひらに床のような冷たい感触が感じられる。とりあえず、海の上とか水中とか火の中とか、地獄巡りな場所ではなさそうだ。 ゆっくりと目を開けると、見覚えのある天井と蛍光灯が目に入った。いや、見覚えがあるどころか懐かしいと表現した方がいい。 続いて身体を起こして、辺りを見回す。部屋の中央に置かれたテーブル、古めかしい黒板、脇には朝比奈さんのコスプレ衣装、 ノートパソコンの山…… 次に目に入ったものに、俺は目を疑った。『部室』にある窓、そしてその前に置かれている『団長席』とパソコン。 そして、そこに座って唖然とした表情を浮かべるSOS団団長の涼宮ハルヒの姿…… 「キョン!?」 ハルヒは俺の姿を見るや否や、椅子をけっ飛ばして俺の元に駆け寄る。ハルヒ? ハルヒなのか? 本当に? 「ちょっとどうしたのよ……っていうか、あんた病院で眠っているんじゃなかったの!? でも何よ、その軍隊みたいな格好は!」 「い、いや、ちょっと待て! 俺も何が何だかわからなくて混乱――」 この時、俺の目がハルヒの視線に捕まった。まあ、眼力パワーはもの凄いハルヒなわけだから、ここで頬を赤らめて 視線を外したりはしないし、そもそもそんなことは期待していないんだが。代わりに俺の胃の辺りから 今までに感じたことの無いような感覚囲み上がってくる。 我慢しておくべきか? いや、周りには誰もいないしな、そんな必要はないだろ。 だが、俺にだってプライドがあるんだ。相手はあのハルヒだぞ? いいのか? 自分の気持ちに素直になったって良いじゃないか。こんな時ぐらいは。 えーと、何で俺は問答をしているんだ? いいじゃねえか。ここでやらなかったら、次にいつ逢えるか―― いつ逢えるかわからないんだ! 「ハルヒっ!」 俺はハルヒに抱きついた。強く強く抱きしめる。 唐突な行動に、ハルヒは当然ながら、 「ちょ、ちょっと何すんのよキョン! 放しなさいってば!」 「……すまん! 少しだけ! 少しだけこのままでいさせてくれ……!」 懇願する俺にハルヒは観念したのか、代わりに俺の背中をなで始め、 「まあ……いいわ。何があったのか知らないけど、団員が辛いときは団長がそれを受け止めてあげなきゃね」 「すまねえ……すまねえ……」 俺は謝罪の言葉を続けながら、ハルヒを抱きしめ続ける。離したくなかった。ずっとこのままつなぎ止めておきたかった。 でなければ、次いつ逢えるかわからないから。 「ちょっと休みなさい。あんた、すごく疲れているみたいだからね。ふふっ、大丈夫よ。ずっとそばにいて上げるから……」 ハルヒの言うとおり、俺には相当な疲労がたまっていたのだろう。ほどなくして俺は深い眠りに落ちていった。 ◇◇◇◇ どのくらい眠っただろうか。俺は自分が長時間眠っていたことを自覚したとたん、がばっと起き上がる。 そして、辺りをきょろきょろ見回し、状況確認に努める。 辺りはすっかり暗くなり、月明かりだけがSOS団部室を照らしていた。そして、その中をハルヒは団長席に 突っ伏するようにすーすーと寝息を立てて眠っている。俺のためにずっと残っていてくれたのか? 俺はとりあえずハルヒを起こさないように、状況確認を再開した。まず今の日付だ。カレンダーをのぞくと、 どうやら俺が事故に遭ってからちょうど14日目になる。ん、そういや、古泉から聞いた説明だと、 俺が昏睡状態になってから一週間後、ハルヒはSOS団の部室に閉じこもったと言っていた。ならハルヒはもうここにこもって 一週間が経過していると言うことになるが……。 ちょっと待て。そして、ハルヒが閉じこもってから一週間後に確か全世界で神人が大量発生したはずじゃなかったか? そうなるともうすぐそれが起きるということになる。 俺は時計を見た。時刻は22時過ぎ。残念ながら神人発生の詳しい時刻までは聞いていなかったが、俺が昏睡状態になってから 2週間後に大惨事が発生したことは確実だ。そうなると、近々それが発生すると言うことになる。 すぐにハルヒを起こそうとして、窓際に経って気が付く。外に誰かがいる。それも校庭、向かい側の校舎の廊下、屋上と ありとあらゆる場所に人がいて、そこから不気味な視線を向けられている。なんだったんだ。 とにかくハルヒを起こさなくてはならない。俺は軽くハルヒの背中を揺さぶる。 「……んあ?」 間の抜けた声を上げるが、目の前に俺の顔があることがわかるとすぐに口に付いたよだれを拭いて、 「ちょっと! なに人の寝顔を見てんのよっ!」 「しっ! 静かにしろって!」 俺は怒鳴り始めたハルヒの口を押さえる。しばらく抗議の声を上げて口をもぐもぐさせていたが、 窓の外を指さして外にいる連中の存在を知らせると、すぐに頷いて黙った。 ハルヒが大人しくなったことを確認すると、俺は手をどけて、 「外にいる連中にも憶えがあるか?」 そう俺たちを監視するように見ている連中を指さす。ハルヒはかなり不安そうな表情を浮かべて、 「……あんたが事故に遭ってから何度か見かけているわ。最初はあたしを遠くから眺めている程度だったけど、 一週間前ぐらいになるとエスカレートしてきて、自宅の部屋まで現れたわ。その時は叫んだらすぐに消えたけど、 それ以降ずっとあたしの周りをまとわりついてくるの。それも一人じゃない。すごく大勢」 「今、外にいる連中はそいつらってことか」 ハルヒは恐る恐る外を見て、 「うん。あいつらどういうわけか部室の中には入ってこないの。だから、あたし一週間前からずっと閉じこもったっきり」 「長門や朝比奈さんも部室に入れていないのか?」 「あいつら、みんなの後ろにくっついて入ってこようとしたのよ」 ぞっとする話だ。自宅の寝室まで上がり込んでくるなんてただの犯罪者のように見えるが、騒いだら消える? まるで幽霊じゃないか。大体、何で教師たちは気が付いていない? ハルヒはふるふると首を振って、 「わかんない。何度も学校側や警察に訴えたわ。でも、あたしには見えるのに写真やカメラには全く写らないの。 みくるちゃんたちも気が付いていないみたい。そのせいで、幻覚を見ているんだろうと相手にしてくれなくて」 そこでハルヒははっと気が付いたらしく、 「キョン! あんたにはあいつらが見えるの!?」 「ああ……不愉快だがばっちり視線に捉えている」 そう言いながら、外を一瞥する。はっきりとはわからないが、あの棒立ちのような姿を見る限り、俺の事故現場にいたやつらと 同質の連中だろう。あの時は俺を見ているのかと思ったが、本当はハルヒを見ていたのか。だが目的は? ふと、もう一つの事実に気が付く。少し混乱していたせいで記憶は定かではないが、あの棒立ちの様子は 過去にとばされる寸前に俺を囲っていた奴らに雰囲気がそっくりだ? 何モンなんだ一体。 「って、お前一週間もここに閉じこもっているのかよ。その間のメシとかはどうしたんだ?」 「古泉くんが持ってきてくれたわ。ドアの前に置いてもらって、あたしが隙を見て回収してた。トイレもたまにこっそりと出てね。 それでも最近はすぐ扉の前に立っていたりするからうかつに開けられなくて……」 ホラー映画かよ。マジで勘弁してくれ。となると今もドアの外に立っている可能性があるって事だ。 それじゃ、うかつに出れやしねえ。 俺は再度連中の姿を確認するべく、外を眺める。と、急にハルヒが俺の手を握ってきて、 「……キョン。あんたキョンよね? あたしにはわかる。別人じゃない。正真正銘のキョン本人だわ。でも、キョンは病院で 眠っているはずよ。どういう事か説明して」 当然の疑問だな。一週間籠城していたハルヒの前に、病院で寝ているはずの俺が、迷彩服姿で出現したんだ。 おかしいと思わない方がどうかしている。 俺は返答に困ってしまった。どう答えればいいのか、自分でもわからないんだからしょうがない。 あの閉鎖空間の一件、さらに今俺たちを囲んでいるの正体。何一つわかりゃしねえんだから。 「……わりい。俺も自分がどうしてここにいるのかさっぱりなんだ」 「そう……」 ハルヒは俺から目をそらす。思えば、さっきからハルヒらしい傍若無人な姿は全く見せていない。外の連中に よっぽど怖い目に遭わされたのだろう。そう思うと、俺に激しい怒りが立ちこめてくる。 「今俺がはっきりと断言できるのは、ハルヒ、俺はお前の味方だ。例えどんな状況になろうともな」 「…………!」 そんな俺の言葉が予想外のものだったのか、ハルヒは何かこみ上げてくるものがあったらしく顔を紅潮させていた。 が、すぐに顔を振ってそれを振り払うように、 「当然よ当然! 団員は団長のためにきりきり働くの! それが社会や組織の原理ってもんだわ!」 腕を組んでえらそうに言ってくれるよ全く。でも……その方がハルヒらしいけどな。 ◇◇◇◇ 午前1時。0時に何かが起きるのではと緊迫していたが、一向にあの白い化け物が現れる気配はない。ハルヒに異常もない。 退屈そうにネットをやっているぐらいだ。 ――気が付いたときには遅かった。異変はとっくに起こっていたのだ。 俺がようやくそれに気が付いたのは、外の連中の様子をうかがった時だ。 「…………?」 見れば、いつの間にやら取り囲んでいた連中の姿が無い。さっきまでが嘘のように無人になっている。 「――きゃあ!」 次に起こったのはハルヒの悲鳴だ。俺があわてて駆け寄ると、パソコンの液晶ディスプレイの画面が渦を巻くように ゆがんでいる。ただの故障かと思ったが、そんなものではないことがすぐにわかった。何せ、ディスプレイが盛り上がり、 そこから何かが出てこようとし始めたからだ。 俺はすぐにディスプレイの電源を引っこ抜くが、一向に電源が落ちない。次第に盛り上がってくるディスプレイが 人の顔のようになってきていることに気が付いた。まさか、パソコンのネット回線を介して侵入してきやがったのか!? すぐにそのディスプレイを壁に叩きつけて破壊する。ぱちぱちとスパークする音がなり、ディスプレイの電源が落ちた。 盛りだしていた人の形をした物体も消えていく。 「今までネットをやっていて大丈夫だったのか!?」 「き、昨日までは何にも起きてなかった……ひっ!」 ハルヒの短い悲鳴。今度はなんだと思えば、ホラー映画のワンシーンのように部室の扉がゆっくりと開き始めている。 バカな。ちゃんと鍵はかけておいたはずだぞ。 しかし、そんな俺の抗議も無視して扉は完全に開いてしまった。そこには黒いセーラー服を纏った少女が一人立っている。 やはり見たことのない奴だ。 俺は何か武器になるものはないかと辺りを回し、掃除用具入れからモップを取り出して構えた。 「来るな! 今すぐ出て行け! 怪我してもしらねえぞ!」 そうモップを振り回して威嚇してみるが、完全にそれを無視してその少女は部屋の中に入ってきた。 さらにその後に続くように大勢の人――子供から老人まで様々――が部室内に入ってくる。 多勢に無勢。俺は戦っても相手にならないと思い、ハルヒの手を引いて窓際まで下がる。仕方がない。ここは二階だが、 飛び降りれないこともない。一か八か飛び降りるしか…… しかし、その考えはすぐに打ち砕かれた。バタバタ!と窓が揺さぶられ何事だと振り返ってみて、 ――腰を抜かした。そこには獲物をほしがっている肉食動物のように、人間の顔が大量に窓に押しつけられている。 ぎしぎしと力を込めて今にも窓が破壊されそうだ。一方で出入り口の扉からは次々と連中が流れ込んで来ている。 囲まれちまったぞ。 「何の用だ! とっとと出て行きやがれ!」 俺はモップを振り回して奴らを追い払おうとするが、全く連中は動じない。それどころか、一人の少年があっさりと それを取り上げて部室の脇に投げ捨ててしまった。 じりじりと狭まる包囲網。窓の外は奴らで埋め尽くされ、入り口も溢れかえっている。逃げ場がないのだ。 が、奴らの動きが止まった。窓のきしむ音も聞こえなくなる。今度は何だ―― ――突如上がる悲鳴。言葉に表現できないような絶望的な声を上げ始めたのはハルヒだ。頭を抱えて床を転がり周り 痛みにもだえるかのように泣き声を上げる。 「ハルヒ! どうしたハルヒ! しっかりしろ!」 俺は必死にハルヒを抱きかかえ、落ち着かせようとするが、ハルヒは目もうつろに口からよだれを流して悲鳴を上げ続ける。 このままじゃハルヒがおかしくなっちまう。誰か! 頼む! 誰か助けてくれ! 俺の叫びが通じたのかはわからない。突然、部室の壁が吹っ飛んだ。衝撃にしばらく耐えていたが、 やがてそれが収まったことを感じ取ると、目を開く。 そこには北高のセーラー服を着た長門の姿があった。すぐ横にはおびえる朝比奈さんの姿もある。 「遅くなった」 「だ、だいじょうぶですかぁ!?」 二人の声。だが、久しぶりの再会に感動している場合ではない。ハルヒはもう声すら上げられない状態になっているんだ。 「長門! 朝比奈さん! 頼む――ハルヒを助けてくれ! お願いだ!」 俺の言葉に反応するように、長門が手を振った。するとなんということか。連中の姿が全て消失する。助かった! 全く長門さまさまだ。 が。 「遅かった」 長門の言葉は絶望に満ちていたように感じる。なんだ? 長門が奴らを消し去ってくれたんじゃなかったのか―― 『なぜだ!』 突然起きる脳内ボイス。あの閉鎖空間や事故現場で聞こえたのと同じものだ。もの凄い圧力で俺の全身を揺さぶってくる。 『お前ら邪魔だ!』 『お前こそ邪魔だ!』 『うるさいわね! 無能な連中は消えてよ!』 『なんだとこの野郎!』 『邪魔しないでよ~! お願いだからぁ~』 『くそ野郎!』 『何なのあんたたちは!』 『お願いだ! 一つだけで良い! 頼む!』 『俺以外みんな消えろ!』 洪水のように襲いかかる罵声の嵐。俺は耐えられなくなり床に倒れ込む。だが、そんなことをしている場合ではない。 口を開けたまま完全に意識を失っているハルヒが目の前にいるんだ。助けないと! そこの長門がやってきて、 「すでに涼宮ハルヒの意識の一部分が彼らに浸食された。このままでは全ての意識を奪われる可能性がある」 「何でも良いからハルヒを!」 「わかっている。すぐに自立防御を精神階層に張り巡らせ、これ以上の浸食を防ぐ」 そう言って長門はハルヒの額に手を当ててあの高速呪文を唱え始めた。 その時だった。俺の背中が月明かり以外の何かで照らされていることに気が付く。そして、窓の外にいたのは、 「神……人?」 あの光の巨人。ハルヒのストレスが最高潮になったときに閉鎖空間内で暴れ回る怪物。そいつが閉鎖空間ではないのに 今目の前に生まれ出ようとしている。 「なん……で」 「彼らのストレスが最高潮に達した証。それを解消するべく発生させた」 長門の淡々とした説明に俺は、 「ここは閉鎖空間じゃねえぞ! なんでだ!」 「涼宮ハルヒが閉鎖空間内であれを発生させていた理由は無用な被害を出さないため。だが、涼宮ハルヒの能力を一部奪った彼らは そのような認識を持っていない。自ら以外の有機生命体の死を持ってそれを解消させようとしている」 「ば……!」 冗談ではない。大量殺戮でストレス解消だと! ふざけんな! ハルヒの力をそんなふざけたことに使うんじゃねえ! だが、俺の抗議なんて通じるわけもなく、神人は破壊活動を開始した。俺が知っている神人発生と同じならば 奴らは全世界に発生して暴れているはずだ。 と、長門が急に辺りを見回し始めた。 「これは」 「今度は何だ!?」 「閉鎖空間が発生した。発生させているのは涼宮ハルヒ本人」 「何だと……!?」 最初は何が起きているのかわからなかったが、すぐに理解できた。ハルヒは神人の発生を感じ取り、あわてて閉鎖空間を 発生させて神人を閉じこめようとしているんだ。全ては被害を出さないために。 なんて……奴だよ、ハルヒ。お前はそこまで……! 長門は今度は俺の手を握り、 「あなたはここにいてはいけない。すぐにもとの時間軸へ戻るべき。危険。彼らに利用される」 「目の前でハルヒが苦しみながら戦っているのに、逃げ出せって言うのか!?」 「ここであなたができることは何もない。でも、あなたがいた時間にはできることがある。その時間上のわたしが言っている」 『一時的だが脅威は排除した。もう戻って問題ない』 頭の中に響く長門の声。それは目の前でハルヒの手当をしている長門ではない。閉鎖空間の中で俺の身体を 乗っ取ったときと同じだ。何でここにいる? 『朝比奈みくるのTPDDを再度使用した。ここにも朝比奈みくるがいるので、同じ方法で戻れる』 「だがよ……世界がどうなるかわかっているのに……」 「自分の力を過信しないで」 そう反論してきたのは、ハルヒの手当をしている長門だ。俺の方をじっと見つめている。 「できなくても誰もあなたを責めたりはしない。あなたはあなたができることを確実にするべき」 『そう。そして、元の時間ではあなたを信頼している人たちが待っている』 まさか……古泉たちか!? だが、みんな俺の手で…… 『それは全て欺瞞。全ては彼らがあなたを利用するために手段。全員の無事は確認している』 ……そうか。よかった……よかった……! まだ俺はやり直せる……! 俺はすっとハルヒの両手を握る。 「待っていてくれハルヒ。絶対に迎えに来るからな! 少しだけ――少しだけ辛抱してくれ……!」 続いて、長門と朝比奈さんを交互に見回して、 「長門、朝比奈さん。ハルヒのこと……頼みます!」 「は、はい! がんばります!」 「あなたが来るまで全て対応する。任せて。必ず守ってみせる」 俺はすっと立ち上がり、町を破壊している神人を睨み付ける。何だかしらねえが、これ以上好き放題させねえ。 「長門! 俺を元の時間にもどしてくれ!」 『わかった』 長門の声と同時に、俺の意識が闇へと落ちた…… ~~その5へ~~
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部室まで戻ったところで橘京子に、ここに超空間が発生していますと説明された。俺がそうかと適当に答えると橘京子は意外そうな顔をしたが、やがて黙ってドアノブに手をかけた。 感触を確かめるように少し回してから、後ろの俺を振り返る。 「では、少しの間目をつむっていて下さい。超空間に入ります」 俺が指示されたとおり目を閉じると、橘京子が俺の手を握った。ほのかな体温が伝わってくる。 その手に引かれて俺は一歩を踏み出した。痛くもかゆくもない。普通にドアを開ける効果音がして、そのまま部室に入っただけに思えたが――。 「これはこれは」 古泉の声で俺は目を開けた。握っていたはずの橘京子の手がいつの間にかなくなっていた。 俺が視線を自分の手から上昇させていくと、そこはただの部室でなかった。ああ、とか何とか声を洩らしたね。見たことのある光景だったからだ。 部屋の中のすべてが、クリーム色に染まっていたのだった。 どこもかしこも、窓の外さえも薄らぼんやりとしたクリーム色オンリーで、雲も太陽も青空も何一つ見えない。薄黄色の霧でもかかってるみたいだ。空気中の窒素に着色でもしたような錯覚を受ける。目眩がするほど懐かしい雰囲気がして、優しい空間だ。これは佐々木の閉鎖空間だと言われれば俺は何も迷いもなく信じ込んでしまうだろう。そのくらい、春に喫茶店で見た閉鎖空間と似ていた。 俺はそこにいる人間を見る。 いつものように足を組んでいる微笑みくん状態の古泉がパイプ椅子に座って俺を見ている。わずかに驚きの感情が含まれていなくもない。 「キョンくん……」 そして制服バージョンの朝比奈さん。口に手を当てて、ひどくびっくりなさった顔をしていらっしゃる。そうか、この二人もここにいたのか。そりゃ、オマケ以上に嬉しいサプライズだな。 そして――。 俺はそこにいるそいつの姿を頭から足までじっくりと見た。 「長門」 俺は吐息を洩らすようにその名を口にした。 窓辺の小さな人影。文庫本を手にしている万能宇宙人の女子。眼鏡をかけているわけでもなく、俺を見て驚いているわけでもなく、ましてやモップのような髪の毛を持ったバケモノでもない。それは、俺を一番安心させてくれる長門だった。 「何と言うべきか……。久しぶり、だな」 思えば先週の木曜以来会っていないから実に五日ぶりである。たった五日かもしれないが、俺には宇宙誕生くらい昔のことに思えるね。 「そう」 この耳に残らない機械的な声も懐かしいものである。長門は短く答えてから俺を凝視すると、また口を動かした。 「よかった」 よく意味の解らないようなことを言ってから黙り込む。古泉が横で愉快そうにしているのは気に食わんが、やっぱり本物の長門だ。 「長門、いきなりですまないが教えてくれ。いったい何が起こってるんだ。それにここはどこだ。いや、何なんだと訊くべきだな」 「ここは超空間」 長門はいたって簡潔に答え、 「この世界に存在する異時空間から情報を取り出して調合した。わたしたちは存在が消されているから肉体の維持は不可能だけれど、意識だけは別物。朝比奈みくる、古泉一樹も概念体としてこの空間に召喚した」 あー。 俺は朝比奈さんと古泉を見比べてどちらにしようかなを行い、古泉を選択して、 「古泉、解説してくれ。得意分野だろ」 長門の説明だけではさすがに解る気がしない。学問に長けた人間なら違うかもしれないが、あいにく俺の頭の成績は底辺あたりをさまよっているのでね。 古泉は、 「僕も長門さんから聞いた限りなのでうまく説明できるかどうか自信がありませんが」 と前置きし、 「まず大本から説明しなければならないでしょうね。なぜ僕たち宇宙人や未来人や超能力者がこの世界からいなくなってしまったのか。先週の土曜日、あなたと議論した問題ですよ。覚えていらっしゃいますか?」 どうやって忘れればいいんだろう。一字一句まで指定しなければ覚えてるぞ。 「上等です。どうやら、あの時僕がお話しした仮説は正しかったようですよ。もちろんあなたもとっくに感づいておられるでしょうが、周防九曜の仕業であるという仮説がね。おそらく何かの実験ではないかと僕は思っています。僕たちを世界から追放するために、ずいぶんと面倒なことをしていますから」 何だそりゃ。 「周防九曜は、涼宮さんの意識に侵入したんですよ。まったく畏れ多いことです」 意識に侵入する? えーっと、意味が解らん。何やらやばそうな雰囲気だけなら察することができたが。 今度は長門が言葉をつないだ。 「彼女は涼宮ハルヒの意識に多大な情報を送り込んで、彼女の脳回線を一時的にショートさせることに成功した。そのショートの瞬間に彼女の意識に潜り込み、とある絶対的なキーワードを涼宮ハルヒの無意識に埋め込んだ。わたしたちの不注意。周防九曜の存在を感知できなくなっていたから涼宮ハルヒに対する攻撃の防御が遅れた。結果として、涼宮ハルヒの無意識に書き込まれた絶対的キーワードは現在、彼女の持つ情報改変能力によって実行されている」 キーワード? 「周防九曜と称された存在が涼宮ハルヒの脳に直接埋め込んだもののこと。絶対的で、涼宮ハルヒは自意識によっても無意識によってもそのキーワードに逆らうことができない」 「それが先週の木曜日の夜でしたかね?」 古泉が訊いた。 「そう。正確には金曜日の、深夜一時十二分十八秒」 そういう役に立たなさそうな知識はいいからそのキーワードってのを教えてくれ。もしかすると、そのキーワードが今回のこれに関係があるんじゃないのだろうか。 「直接ですよ。原因そのものです」 「なに?」 「わたしや朝比奈みくる、古泉一樹が元の時空間から消去されたのはそのキーワードによる涼宮ハルヒの情報改変によるもの」 長門は俺の表情を観察するようにじっくり見て、無感動な声で言った。 「『抹消』。それが周防九曜が涼宮ハルヒに書き込んだキーワード」 抹消。 消してしまうこと。 確かそんな意味だったように記憶している。辞書を引いた覚えはないが、たぶんそんな意味だ。 キーワード。ハルヒの情報改変能力によって実行されている。抹消。 なぜか消えた長門、朝比奈さん、古泉。ハルヒの変態パワー。周防九曜によって書き込まれたキーワード『抹消』 俺は思わずああと声を漏らした。 頭の中にあったパーツとモヤモヤの数々がジグソーパズルのようにきれいに埋まっていくのを感じる。あるべきものはあるべき場所へ。不謹慎だが感服モノだね。 「要するに、周防九曜が涼宮さんの力を利用しているわけですね」 古泉が言った。 「涼宮さんの頭の中に入り込んで『抹消』という絶対的キーワードを与え、宇宙人や未来人、超能力者を次々と消すように仕向けたのです。存在を消すとは雲の上のような話ですけどね。恐ろしいことに涼宮さんの能力を持ってすれば可能になるんです」 「待てよ。それでハルヒは自分が催眠術的に操られていることに気づいてないのか? ずいぶんと派手なことをしてるのに」 「無意識的に、ですからね。そのキーワードが書き込まれたのは涼宮さんの無意識です。また同じく、存在の抹消が実行されるのも涼宮さんが無意識のうちになんですよ。……が、しかしです」 古泉はなんだか爽やかそうな苦笑を浮かべ、 「僕の知る限りですが、一つだけ表だったことがありました。先週の金曜日を覚えていますね。長門さんが消えた一日目です」 一日目というと、朝比奈さんとあちこち歩き回って川沿いのベンチやら長門のマンションに行ったりした日だ。成果はまったく得られなかったが。古泉はあの日、学校を休んでいた。 「あの日、大規模な閉鎖空間が発生したせいで僕は学校を休むのを余儀なくされました。あんなことは今までありえなかった。なぜこんなにも巨大な閉鎖空間が出現したのか謎でしたが、ようやく解りました。涼宮さんの精神が、周防九曜という異物の侵入に無意識のうちに抵抗したんでしょう。閉鎖空間もまた、涼宮さんの無意識を反映していますからね。ただし、閉鎖空間の発生はあれ一度きりでしたけど」 そう言われれば筋の通った理屈だと思うが、あのハルヒが九曜相手とはいえど敗北を喫するとはな。甚だ信じがたい話だ。 「それは僕も驚きましたよ。もしかすると周防九曜の力は涼宮さんの力を越えているのではないかとね。恐ろしい妄想ですが」 そんなことがありえるかよ。 「ありえるんですよ。周防九曜の力が絶大というよりは、涼宮さんの力が弱まっているという意味で、ですけど。最近はどんどん彼女の持つ情報改変能力が失われています。何が彼女をそうさせているのかは不明ですが」 「それは、彼女の欲望が満たされているということ」 不意に長門が言った。機械的な声だった。 「もともと涼宮ハルヒの情報改変能力は彼女が望むような形で使われている。それが宇宙人や未来人、超能力者の存在の意味。ただし彼女は最近、そういう望みのために情報改変能力を使っていない。わたしたちの力が薄れていることがその証拠」 古泉が微笑を消して俺に向いた。やけに真剣な眼差しだった。 「楽しみの対象が変化しているんです。宇宙人という謎的存在から、彼女は今、そういう存在である僕たちと遊ぶことのほうに楽しみを感じています。どうも、非日常は消えゆくものらしい」 ね、とわけの解らん同意を求めてくるが、それはいったい何だ。覚悟しとけという意味なのかね。 俺は不快な気分になって話を変えた。 「で、どうすればいいんだ。あっちの世界で、俺は何をすればいい。どうしたらお前らが戻ってくる?」 「わたしには解らない」 答えたのは長門だった。 「あなたの思うようにすればいい。その結果を、わたしたちは受け止める」 それで黙り込む。妙に突き放された気分になって残る二人を見てみると、朝比奈さんは物憂げな表情をしており、古泉はニヤニヤ笑いに戻っている。というか、さっきから朝比奈さんがまったく発言していないのだがどうかしたのだろうか。 俺が古泉を睨むと古泉は意味もなく肩をすくめた。 「あなたにお任せします。それしかないでしょう。僕たちは何もできないのですから」 「お前はこの空間から外には出られないのか?」 「言ったでしょう。僕たちは涼宮さんによって存在を消去されたんです。つまり、本来なら存在していないはずなんですよ。肉体も精神もね。元の世界に僕たちの痕跡がないのもそのせいです。最初から存在していなければ、それに関する事柄は生まれ得ませんから」 「じゃあお前は何なんだよ。お前は少なくともここにいて、俺と会話してるだろ。これは幽霊か何かか?」 「そんなものです」 マジかよ。 「長門さんの支配者さんが、僕たちを精神概念体としてこの空間にとどめてくれたんですよ。簡単に言えば魂だけみたいな状態ですね。感覚としては閉鎖空間で《神人》と戦っている姿の感覚に近いです」 それは古泉とその他もろもろの超能力者にしか解らんたとえだな。俺は赤玉にはなりたくないし、なる予定もない。 「じゃあ一般人の俺に魂が見えるこの空間は何なんだよ。何だっけ長門、実体のない概念だけの場所だったっけ?」 「そう。ここはわたしが緊急に地球上に作成した超空間。朝比奈みくる、古泉一樹の……避難所、のようなもの。安心していい。他に地球上で削除されたすべての存在は、情報統合思念体が情報を凍結して広域宇宙帯に保存してある」 他の未来人とか超能力者たちか。 「そう」 しかし、何でまたこの三人だけが地球上のSOS団部室にいるんだろうな。他の奴らはみんな宇宙空間でお休み中だってのに。 訊くと、長門はしばしの間、形而上学を幼稚園児に解るように教えろと命令されたような雰囲気をかもしだしていたが、 「そうしたほうがいいように思った」 確かかどうか解らない答えが出てしまったように言った。 さらに一ミリほど首をかしげると、 「よく解らない」 まあいいさ。 俺だって長門や朝比奈さんや古泉が近くにいてくれたほうが嬉しいしな。そんな妙な感情めいた何かを感じられればいいのだ。長門が人間に近づきつつあるのも、ハルヒのおかげ、またはせいなのかもしれない。いいか悪いかは別として。 「あの、キョンくん……」 沈黙の帳が降りようとしていたところで俺の耳が実にいじらしい声を察知した。朝比奈さんだった。今までずっと黙っていたのだ。朝比奈さんはうつむいていて、少しだけのぞく顔は、何か思い詰めたような表情をしている。どうしたんだろう。 「もし橘さんが消されちゃったらどうします?」 「はい?」 「もし橘さんが消されちゃったら、キョンくんはもうここに来れないじゃないですか。それじゃダメなんです」 まるで橘京子が消えるのを哀願しているような表情だ。そりゃまあ、そういうリスクはありますけどね。 朝比奈さんはまた下を向いて、こんなことしていいのかわからないけど、とか、大変なことになっちゃうけど、などもぞもぞと口ごもっていたが、やがて顔を上げた。 「TPDDを、空間移動デバイスにしてキョンくんにあげます」 真摯な顔だった。もしかすると初めて見た表情かもしれない。 TPDDをあげる? 俺に? 空間移動デバイスってのは何だ。 「長門さん、TPDDの性質を変えて空間移動デバイスにすることは可能ですよね?」 「できなくはない。本質的なプログラムは同じだから」 朝比奈さんの問いに長門が冷静に答える。何だ、空間移動デバイスって。説明してくれと古泉を見ても真面目な顔をしているだけで、どうやら教えてくれそうにはない。 「キョンくん、あたしたちが持っているTPDDというのは時間移動の手段だっていうのは知ってますよね。今いる時間平面を踏み台にしてジャンプして、過去にさかのぼったり未来に行ったりできるんです。そのジャンプする手段がTPDDなの」 朝比奈さんが必死に説明してくれる。禁則の塊なのではと思ったが、未来と繋がってない今や、禁則事項は全面解除されているという先週の木曜日の朝比奈さんの言葉を思い出した。 「実を言うとね、時間移動も空間移動も本質的には同じ理論の上で成り立ってるの。両方とも絶対的な概念ではなく相対的な概念だから。STC理論は言語を用いないから詳しくは言っても理解できないと思うけど、そういうものなんです」 「ほう、ではこの空間とこの空間の時間も元の時空間の平面のようなものからずれた位置にあるということなんですか?」 古泉、お前の気持ちは解るが黙ってろ。後でゆっくり聞かせてもらえ。後でな。 「それで、朝比奈さん。TPDDがどう関係してくるんですか?」 「はい。さっき言ったように、時間移動と空間移動が同じ理論の上で成り立っている以上、それを移動する手段も同一性があるということになってくるんです。つまり、TPDDを変形させればこの空間に出たり入ったりすることができる概念的なデバイスのようなものを作ることができるんです。だからあたしの持ってるTPDDを使って、そういう概念を長門さんに作ってもらおうと……」 朝比奈さんの思い詰めたような表情も解るね。 相当な葛藤があったに違いない。俺が未来人の諸事情を察するのもアレだが、TPDDがなければ未来に戻れないのだ。そしてそもそも未来と接続が絶たれている今や、TPDDを失った朝比奈さんは、未来人としての力をまったく持っていないことになる。TPDDの使用にはたくさんの人の許可が必要、と朝比奈さんは言っていた。それだけ重要なものを俺のためにくれるというのだ。本気ならば受け取らないわけにはいかないが、それでも困惑する。 「いいんですか?」 俺は問うた。 「そんなことをしたら大変なことになるでしょう。ただじゃ済みませんよ」 しかし朝比奈さんは首を横に振る。 「いいんです。時間移動できないのでは、TPDDは大した意味を持ちませんから」 それでも俺が何と言っていいものか考えていると、朝比奈さんは柔和に微笑んだ。 「言ったでしょ? 今のあたしは、未来とは独立した存在です。自分が思うこと、したいことをやります。責任を取るのは未来の自分であって今のあたしではありませんから。未来なんて関係ないんですよ?」 * 結局、朝比奈さんのTPDDは長門の言うところの超空間移動プログラムとなって俺が持つことになった。TPDDの亜種らしいが俺には理解できん。とりあえず、元の世界とこの部室の空間とを移動する手段だということを知ってればいい。 「何か実体のある物質を。できれば金属類が好ましい」 先ほど朝比奈さんの頭付近から何かをかすめ取るように手を動かしていた長門が、俺に向けて言った。小さな手のひらが俺に差し出されている。 「金属って、何に使うんだ?」 「超空間移動プログラムを書き込む。あなたの頭脳に概念を埋め込むわけにはいかないから」 長門は続けて、 「変形させても構わないもの」 さてそんな金属類に持ち合わせがあっただろうか。一円玉なら五枚ほど出せるが。 「それでいい」 俺がサイフから出した一円玉を長門の手に握らせてやると、長門は一円玉の上にすっと指を這わせた。 と、一円玉が無惨にもぐにゃりと変形して渦巻き状になった。三年前に長門のマンションで見たあの技だ。分子の結合情報がどうたら、とかってやつだろう。俺がその様子に目をとられていると、あっという間に渦巻きは形をなすようになり、一円玉ではない別の物になった。注射器でも短針銃でもないが。 「鍵……か?」 「そう」 手渡してもらったそれはずいぶんと軽かった。アルミ製だからか。ところでこいつはどこのドアを開けるためにあるんだ? 「この部室の扉。超空間移動プログラムが書き込まれているから、元の世界で扉の鍵穴に入れればこちらの空間に来れる」 それはまたやたらに希少価値の高い鍵だな。ママチャリの鍵と間違わないように工夫しておく必要があるだろう。 俺は長門、朝比奈さん、古泉に目を向けて、 「ありがとよ長門、それと朝比奈さん。俺にはちょっと手に余るアイテムな気もしますが……。そういや、この空間が九曜に潰される恐れはないのか?」 「ない。彼女には解析不能だし理解も不能なコードを設定したから」 橘京子も言ってたっけな。解析に時間がかかったって。 「あと古泉、長門から聞いてるかもしれんが元の世界にはお前の偽者がいるんだ。もちろん長門や朝比奈さんの偽者もだが」 あえて九曜とは言わず偽者とだけ言っておいた。 「知ってますよ。長門さんに教えてもらいましたから。とりあえず僕たちを置換したような存在らしいですが、真意は測りかねますね。なにしろ総括しているのが周防九曜ですから」 「ああ。お前はボードゲームの腕でも磨いてろ。どうもあっちの偽古泉はゲームが強いらしくてな、オセロは今のところ俺が全敗だそうだぜ」 「それはそれは、僕も精進しなければならないでしょう」 朝比奈さんについては……まあこの朝比奈さんのほうが可愛らしいし性格もいいだろうが。色気があるのも悪いことではないが、ちょっと恥じらってるくらいのほうが見栄えがするんですよ。いや俺の好みだけどさ。 「じゃあな。次にいつ来るのか知らないが、世界が元通りになるまでは絶対そこにいろよ」 三人に向かってそう言ってから俺は扉に手をかけた。やっぱりこっちのほうがいいね。世界が違おうが、大切なのはそこにいる役者だ。SOS団の正しい五人じゃなけりゃ、俺はすぐさま退団してやる。 * 橘京子は元の世界に戻ったときにはいなかった。そういえばなぜあいつが他の超能力者と一緒に消されていなかったか謎だが、そんなことは後でいくらでも考えればいい。 放課後、正直部室に足を運びたくなかった。九曜に対する畏怖の念があるのだ。かといってこのまま帰っても、あからさまに敵意があって警戒していると取られるかも知れないし、そもそも九曜にそんな地球上の概念で成り立っている敵意とか警戒とかいうものが通じるかどうかも知らんのだが、はてどうしたものか。 扉の前でいっそのことさっきもらった鍵を鍵穴に差し込んでやろうかなどと逡巡していると、ハルヒと鶴屋さんが揃ってやってきた。とりあえず思考中断。なんで鶴屋さんがいるんだろう。 「合宿のための買い出しに行くのよ」 そういえば昨日そのように宣言していたな。 「どうせだから鶴屋さんも一緒にと思ってね。合宿には鶴屋さんも行くわけだから」 「いやあ今日はすることもないし、ウチにいてもヒマなだけだしねっ。せっかくだからハルにゃんたちの買い物に付き合うっさ」 「と、いうわけよ」 ハルヒは極上の笑顔であり、俺に反論の余地はない。さすがに俺も九曜どもを連れて買い物に行かなければならないと言われると困るが。 「ほらキョン、なに立ち止まってるのよ。ちゃっちゃとドア開けなさい」 「……ああ」 無意識のうちに長門がくれた鍵に触れていた右手をポケットから出して、ドアノブを回した。いざとなりゃハルヒと一緒だ。大丈夫だろ。 「お待たせえー!」 ハルヒが大声を出して入っていく。鶴屋さんが俺を見て、一瞬怪訝な顔をしたようにも見えた。仕方がないので俺も続いて部室に入る。見ると、やはり長門のところに座っているのは九曜であり、朝比奈さんと古泉には奇妙な違和感がある。吐き気がするね。ハルヒは何を屈託もなく有希だとかみくるちゃんだとか言ってやがるんだ。ふざけやがって。 ハルヒに離れろと言いたくても言えない俺を見てか、偽古泉のヤツが俺を見てあざわらった。お前はどこの悪キャラだ。 「お帰りになったんじゃないんですか?」 俺は自分の顔が引きつるのを感じながら、 「ちょっと用があったんだよ。それだけだ」 「そうでしょうね。あなたの鞄はまだここにありますから」 ひょいと俺の鞄をつまみ上げてよこしてくる。それだけで通学鞄がひどく汚染された気がした。偽古泉は卑しく笑っている。こいつは解っててやっているのだ。 「じゃあ今度こそ帰るんですか?」 「別に」 俺は吐き捨てるように言って、壁に立てかけてあった新しいパイプ椅子を広げて腰を降ろす。 「キョンくん、お茶ですよ」 偽朝比奈さんがお茶を持ってきたので反射的に礼を言って口をつけようとしていたが、ギリギリで思いとどまった。中に青酸カリでも入ってたらたまったもんじゃない。ハルヒの手前湯飲みごと投げるのはどうかと思ったので、なるべく自然な動作で湯飲みを机に置く。無論飲む気はゼロだ。 「飲まないんですか?」 また偽古泉が笑ってやがる。やめてくれ。発狂しちまいそうだ。 俺はテーブルに突っ伏した。目眩がしてくる。パラレルワールドにただ一人取り残されちまったらきっとこんな思いなんだろう。異常なまでの違和感。 ハルヒが何か言っている。買い物がどうとかいった、ごく平凡な話だ。何も知らずに天下を取れるんだから、いいよなこいつは。それが幸福か不幸かどうかは知らないが、一日くらい代わってみたい気はするね。 俺は伏せた腕と机のわずかな隙間から周防九曜の姿を捉えて、たまらず立ち上がった。我慢できん。 「どきやがれ」 窓辺の特等席で、長門の本を広げているのは長門であって長門ではない。少なくとも俺にとってはこいつは危険因子以外の何者でもないのだ。 そよと風が吹いてサラサラという音がした。七夕の短冊が揺れている。そこに書いてあるのは団員の願いだが、それは断じて団員の願いなどではない。これがここにあるのは、“こいつら”がここにいるからだ。こんなもん、片っ端から破り捨ててやりたい。 「――――」 九曜は無言で俺を見つめている。本気で長門に成り変わろうとでもしてるのか。いい演技力だ。しかし俺は騙されん。 「そこはお前の席じゃねえ。長門の席だ」 九曜は真っ黒な瞳を俺に固定して動かさない。まるで言語を持たない機械に怒っているような感じだ。確信した。こいつは長門にはなれないね。ほら、どけって言ってんだろ。 「……ちょっと、キョン?」 ハルヒが重たげな視線を俺に投げてきた。悪いなハルヒ、ちょっと黙っててくれ。 「周防九曜、それがお前の名前だ。何でこんなことをした。目的は何――」 「あれれっ、キョンくんすごい汗じゃんっ」 俺の声は鶴屋さんに遮られた。ふとして額に触れてみる。初夏の暑さのせいではなく、俺の手にはべっとりと冷たい汗がついていた。 「具合が悪いんじゃないのかな? 夏カゼはタチが悪いのさ。今日は早く帰ったほうがいいんじゃいかいっ?」 俺は鶴屋さんを見る。厳しい表情をしていた。顔は笑っているが目に強い輝きがある。何かを察して配慮してくれてるのはありがたいのだが今の俺はそのまますごすごと引き下がるわけにはいかんのだ。こんな間違ったSOS団のまま記憶が完全にインプットされちまうようなことだけは許される事態ではない。 「大丈夫ですよ。カゼなら後で薬を飲みますし」 ぐぎぎ。 俺の腕の関節が立てた音だ。痛え。 何てこった。鶴屋さんが誰にも見えないように隠して俺の右腕をつかんでいる。ちょっと、それ以上やると骨が折れますけど。 「キョンくん、何があったのかは知らないけど今日は帰んな。そのほうがいいよっ。もし話があるなら聞いてあげるからっさ」 なんということだ。直感か? 鶴屋さんは本当に何も知らない人間なのかと疑いたくなるくらいだ。いや、というか常人でも解るんだろうな。九曜の持つ異常性とかが。 「何キョン、あんた風邪引いてたの? ふーん、バカはカゼ引かないんじゃなかったっけ?」 「ああ、どうもカゼらしい。ついでに言っとくが、そんな大昔の言い回しを張り合いに出すもんじゃないぜ。現に谷口だってカゼで休んだだろ。……あいや、あれはアホだったか」 などと言っている場合ではない。仕方がないが鶴屋さんの指示に従うしかないようだ。鶴屋さんが知ってるのか知らないのか、知ってたとしてどこまで知っているのか多少気にはなるが、今気にしていても仕方ない。どっちにしろ九曜側について俺たちを翻弄するような役目でないことは確かだ。 「キョンくん、下駄箱んとこまで送ってってあげるよっ」 鶴屋さんはそう言いながら俺の返事も聞かずに部室の外へと出ていく。断るまでもないか。 九曜と古泉、朝比奈さんは特にリアクションすることもなくただこっちを見てるばかりで、俺がいようがいまいがどうでもいいらしい。ハルヒは鶴屋さんと一緒に部室から出ていく俺を見て口をアヒルにしていたが、 「明日は来なさいよね!」 今日のところはこれで勘弁してやる的口調で俺を見送った。俺は迷った末に、とうとうハルヒに向けて言ってしまった。 「SOS団を忘れるなよ。ただの人間じゃない奴らの集まりってのが定義だぞ」 ハルヒは、はあ? とか言った。当然か。 部室棟の廊下を歩き階段に差し掛かったあたりで、俺はどうしても耐えきれなくなって訊いてみた。鶴屋さんはずっと黙っていたが、それは訊かれたら答えるという鶴屋式の構え方なんだろう。 「鶴屋さん、あなたいったいどこまで知ってるんですか?」 案の定鶴屋さんはおかしそうに首をかしげ、 「その質問は前にも受けたねー。いつだったっけ、二月ぐらいだったかな?」 朝比奈さん(みちる)を頼んだときでしょう。ずいぶんお世話になりましたから覚えてますよ。 「うん。でもね、あたしの答えはあんときと変わらないさっ。あれから別に誰かから教えてもらったとかいうこともないしね。なーんとなーく違うのかなーってのがはっきりしてきただけだよっ。今は、もしかしたらあたしの他にも気づいてる人がいたりいなかったりすんのかなーて思うけどね」 それはそら恐ろしい話だ。間違ってもハルヒに気づかれるわけにはいかん。 「でもねえキョンくん、やっぱり一人だけ浮いてるのはあたしじゃなくても何かあるなーって気づくと思うのさっ」 「誰のことっすかね。ハルヒか、それとも俺ですか?」 これではSOS団に裏があるのを認めたも同然だなとか思いながら訊く。鶴屋さんはなぜかたははと笑って、 「有希っこさ」 と言った。 ああ長門ね。そりゃ読書好きで無感動無口ときてるわけだから性格的には浮いてるのかもしれんが、あいつだって感情が薄いだけで表に出ないだけなんだと思うけどな……。 そこらへんまで考えたところで俺は鶴屋さんの言っている有希っこってのが長門のことではないと気づいた。ここでの長門というのは九曜のことだった。 「なんかね、あたしはコトの内側には入るつもりないんだけど、あの子見てるとときどきフラッと吸い寄せられそうになるんだよね。影響力が強いってか、そんな雰囲気があるのさ。あの子だけはみくるやハルにゃんや古泉くんやキョンくんとは違ってんだっ。はあー、不思議なんだなぁ」 鶴屋さんは感慨深げにため息を吐いてから俺に目を向け、 「キョンくんは何か知ってるのかい? 有希っこのことや、他の人のことも」 「さあ、どうでしょうね。知ってたとしても教えるわけにはいきませんけど」 「まあいいよっ」 もし厳しく言及されてたら答えていただろうかと思う俺をよそに、鶴屋さんは軽快に笑った。 「どっちにしろあたしが入れる輪じゃないしねっ。なーんもわからないけど、それだけは解るのさっ。あたしはたまに合宿なんか一緒に行かせてもらうだけで楽しいんだ! その奥に、何か深い設定があってもなくてもね!」 本気なのか冗談なのか俺には見当もつかない。それ以上は真相を口走ってしまうような気がして、言葉がつなげられなかった。 まもなく俺と鶴屋さんは下駄箱に到着した。その頃には話題も当たり障りないものとなっているわけだが、その話に身が入っているかと言えば否定せざるを得ない。 「じゃあね、キョンくんっ。もし帰り道で誰かさんに襲われる危険性があるんなら、あたしがガードマンになったげようか?」 その可能性は捨てきれなくもないが、そこまでしてもらうのは後ろめたい。 「大丈夫だと思いますよ。とにかく、今日は早く家に帰って寝てます。……それで、鶴屋さんはあいつらの買い物に付き合うんですか?」 「うん。何だろうとヒマなのは変わりないしね。ここで待ってることにするさっ」 気をつけてとかいう類の言葉をかけるべきだったのかもしれないが、さすがにそれははばかられ、代わりに「ハルヒによろしく言っといてください」と言った。鶴屋さんは俺の真意を読みとるようにじっくりと顔を眺めていたが、それもわずかな間のことで、けろりと笑って伝えとくよと返した。 俺はそのまま校門を出た。帰路だ。 * 家に帰るなり、俺は疲れを隠すことなくベッドに倒れ込んだ。勉強机の上には数学等の教科書が雑多に散らばっているが、とても手を出す気はしないね。こんな状況下で勉強しようと考えつくのは相当に頭がオシャカになってる人間だけだ。いや、勉強で現実逃避というのも珍しいがアリと言えばアリだけどな。俺はまだ現実を見つめるさ。もっともこれが現実だったらの話だが。 むしろこうやって意味のないことを考えていることすら現実逃避なのではなかろうか。九曜に対抗策がないというか何をしていいのやらさっぱりなのは事実だが、それはさておきどうにかなる努力を俺はしてきたのか? 橘京子、ハルヒ、九曜。異空間の部室にいた三人と、そこでもらった鍵。 パーツはある。しかしそれをどう組み合わせればいいのか解らないのだ。肝心なところが抜け落ちている。何か、キッカケのようなものがあれば、あるいは……。パーツを組み合わせて結果を出せる、何か。 クソ、また「何か」か。 結局具体的なことは何一つとして出てきやがらない。何があればこうなって、その結果こうなるという予測すら立たないのだ。橘京子やその組織に九曜に対抗できるだけの力があるとは思えないし、そもそも古泉と一緒に消えてなかっただけ僥倖と取らなければならないだろう。他に残された可能性としては佐々木とハルヒだが、佐々木にこんな厄介ごとを背負わせる気は毛頭ないし、背負わせたところでどう変わるものでもない。あいつはハルヒみたいな破滅的パワーを持っているわけではないからな。 しかし、そのハルヒならどうにかなるかもしれん。長門や喜緑さんのような情報統合思念体製のインターフェースがいない今、九曜のようなヤツに対抗できるのはハルヒだけだ。お得意の、情報改変能力ってやつでな。しかしハルヒはジョーカーだ。めくってみたところでどうにかなる保証はどこにもないし、もしかしたらジョーカーと思わせてトーフだったりするのかもしれん。だからやっぱり、ハルヒにしても他の可能性にしても大丈夫だという確信がない。 最後に頼れるのは、と思った。 最後に頼れるのはSOS団そのものである。それしかない。 ハルヒが本当のSOS団を覚えてくれていれば、もしかするかもしれないのだ。あの九曜がいるような団が偽物だと解れば、ハルヒは全力で反抗するに違いない。とんでもない力を使って、だ。 そのためにはハルヒに未知のものへの興味があることが必要不可欠なのだ。ただのお遊びサークルのSOS団なら、ハルヒが取り戻そうとはしない。今の偽物でも代役が務まって、充分だからだ。そうではなく、もしハルヒに宇宙人やその他もろもろへの未練があるのならば、ハルヒが団員としてかき集めてしまった長門たちをもう一度集合させるはずだ。ハルヒが一年の四月に集めたのは九曜ではなく、長門だったのだから。九曜では役不足である。 そうなることを願うしかない。 ハルヒがSOS団を覚えていて、かつ謎の存在に未練が残っていること。 はっきり言って可能性は低い。最近のハルヒの様子を見れば、あいつには合宿で仲間と遊ぶことしか眼中にないのが解る。それでも俺は信じるしかないのだ。まったく、いつもは長門たちが早くまともなプロフィールに戻ることを望んでいるというのに、何で今回に限って正反対のことを考えているんだろうね。 まもなく妹がシャミセンと共にふらりとやってきて晩飯の完成を告げた。どうもメシが味気なかったような気がするのは、本当に味付けが薄いからなのだろうか。どっちでもいいが。 その日、見事なまでに誰からも電話はなかった。佐々木からも橘京子からも、偽古泉からもな。こっちから電話するのも何だか面倒に思われて、風呂に入った後はベッドに伸びるばかりだった。何をやってんだ、俺は。
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涼宮ハルヒの時駆 第一章
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ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その2から そんなこんなで、出発当日。 ハルヒから電話をもらった俺は、パッケージング・バイ・ハルヒのトランクを、俺の部屋から玄関へと運び、その到着を待っていた。 ほぼ予定時刻に、すでに涼宮家を満載したライト・バン型タクシー(?)が、うちの家の前に到着した。 「いわゆる空港行きの乗り合いタクシーだ。予約している飛行機の便を連絡しとくと、タクシー会社が調整して、ドア・トゥ・ドアで送迎してくれる。今日は、おれたちだけみたいだが」 とハルヒの親父さんが、運転手に代わってそのシステムを説明してくれる。 「それじゃあ、行ってくるから」 と家族に、特に妹に、言い聞かせるように旅立ちの挨拶をする。 「ご迷惑かけないようにね。涼宮さん、お世話になります」 「こちらこそ。無理を言ってすみません」 「いえいえ、うちの馬鹿息子は、本当にハルヒちゃんにはお世話になりっぱなしですから」 といった親たちのエール交換は、当人たちには「どうでもいい」というレベルを遥かに超えて「今日のところは、どうかひとつ、そこまでにしておいてくれ」というべき方向へどんどん発展していってしまう。 俺がハルヒの方を見ると、ハルヒも俺の方を見ていて、目の中で首を縦に振っている。よし、それじゃあ、 「そろそろ行かないと」 と俺が口火を切り、ハルヒはそれに合わせて、親父さんの脇をかるく肘でつく。 「ごほん。そうだな。じゃあ行ってきます」 大きな音で咳払いし、大きな声で親父さんが宣言。皆がうなずいて、車がゆっくりと前で出た。 「あれ、妹ちゃん」 車は走り出したが、妹が走って追いかけてくる。 うう、兄ちゃん、そこまでのドラマはいらないぞ。いつもどおりの妹でさえいてくれれば、カバンにこっそり入ってさえなければ。 「あれ、妹ちゃんが手に持って振ってるの、パスポートじゃないの?」 「わはは。お約束だな。大方、トイレに行っている間、持っててくれ、と預けたままってところか?」 親父さん、図星です。 車は止まり、俺とハルヒが飛び降りる。 俺はパスポートを受け取り、ハルヒは妹の頭をなでる。 「キョン君、気をつけていってくるんだよ。ハルにゃん、キョン君をお願いね」 「うん、わかったわ。絶対、元気にして帰すからね」 いや、それはやり過ぎと言うか、胸を張り過ぎというか。それから妹よ、あまり殊勝なことを言うな。そういう時は「お土産、忘れないでね」くらいにしておいてくれ。でないと、最近ただでさえゆるい兄の涙腺が……。 「ほら、キョン。ちゃっちゃと行くわよ。飛行機は、遅刻したナショナル・チームだって待ってくれないんだから」 確かに、ここでこれ以上ドラマを掘り下げたら、また搭乗まで話が進まなくなるだろう。 別れを惜しみつつ、いざ行かん、天国にだって近いという、なんとかいう南の島。 「それと、あんたのパスポート貸しなさい」 素直にハルヒに渡すと、ハルヒかバックから出した布製のケースみたいなのに俺のパスポートを入れて、返してきた。 「ほら、パスポート・ケース。これで首から下げられるから、なくさなくて済むわ」 「ちなみにお手製だそうだ」 「親父、うっさい」 午前の道は、俺たちの前途を祝福するかのようにガラすきで、空港へは登場予定時効の3時間前に着いてしまった。 「余裕があるに越したことはない」 と親父さん。 「俺なんか離陸の30分前に、食パンをくわえて出国審査を受けたことがある」 「あんたは転校一日目から遅刻するヒロインか!?」 ハルヒのつっこみも、今日は長打こそないが、確実に芯で捉えている。ボール(?)が見えている証拠だ。 「ちょっとチェックインしてくる。キョン君、わるいがそこのカートに積んでトランクを運んで付いて来てくれ」 「はい」 ハルヒの母さんとハルヒと俺のトランクをカートについて、自分のトランクを転がしながら先を行く親父さんの後を追う。 カウンターでは、これも親父さん的にはきっと恒例なんだろう。ナイストゥミーチュー、スパシーボなどなど、怪しい多国籍人を装う話術でカウンターのお姉さんの目を白黒させながら、それでも当初の目的を果たしてしまう。なるほど、ハルヒ母+ハルヒが、遠くで他人の振りをしているのは、このせいか。と、親父さんに気付いたのか、カウンターの奥の責任者っぽい人がカウンターにやって来た。 「ベルさん、今日は出張じゃなくて家族サービスかい?」 「何度も言うが、俺は鈴宮じゃなくて涼宮だ」 「こっちの彼は、お初だね?」 「ここはどこの飲み屋だ? こいつは保安官補でキョン。ついでにいうと、俺の娘と恋仲だ。まあ、いずれは決闘だな」 「おいおい、ハルヒちゃんも、そんな歳か。少年、しっかりやれ。この親父は悪いやつじゃないが質は悪いぞ」 「ははは」笑うしかないよな、ここは。 「おい、有能な彼女が手続きができたって、言ってるぞ」 親父さんは、ややオーバーアクション気味に、責任者さんに不平をいう。 「オーライ。じゃ、トランクに貼ったこのシールの切れ端を持ってってくれ。あとでトランクを探すのに役に立つ。ボンボヤージュ(よき旅を)!」 「発音がなってないよな。ま、とりあえず、ハルヒたちと合流するか」 その必要はなかった。カウンターでの一部始終を、涼宮家の女性軍は遠目ながらもしっかり見ていて、絶妙のタイミングで自分たちの位置を知らせるように歩いてきた。というより、彼女たち自体が、遠目からでも見落としようがない存在感やら何かを周囲に発散しているのだ。 そんな訳で、俺の隣にいた親父さんは言った。 「おい、いいだろ。あそこにいるのは、おれの女房なんだ」 「ぐっ」 さ、さすがにその手は……使うのは、何だかいろいろ怖い。 「すまんな。たまには年長者に勝ちを譲るのもいいもんだろ?」 その気になったら全戦圧勝じゃないですか、と心の中で言う。へたれ、俺。 「旅はまだ始まったばかりだ。陽気にいこうぜ、キョン君」 「ちょっと親父! またキョンをいじめたでしょ!?」 ハルヒが、つかつかつか、と早足でやってくる。ロボットのように肩をすくめる親父さん。 「オー、マイ、ドウター。ワタシガ、イツ、ゴシュジンサマ ヲ ソンナ メ ニ」 「読みにくいだけから、出典が明示できない物真似はやめなさい」 「でも、ふざけてるのはわかるだろ?」 と、ひらりとかわす親父さん。 「いつ真面目なのかが、わかんないの!」 それをも狙い打つ娘ハルヒ。 「いつもこんな感じよ」 と日だまりのようなニコニコ笑顔を絶やさないハルヒ母。 「はあ」 とすでに慣れてきているが、それがよいことなのかどうか、未だに判断がつかない俺。 次は手荷物検査場はずだったが、 「ああ、キョン君、俺たちはこっちから行こう」 「向こうの列、すごく混んでましたね」 「手荷物検査場はどうしてもなあ。関西の空港も優先ゲートができて助かってる」 「親父、わがままなくせに、待ったり並ぶのが嫌いだからね」 「わがままだから、嫌いなんだ」 俺たちが向かっているのは、専用ゲート(専用保安検査場)というところのようだった。なんたら会員(ゴールド・メンバー?)になっておけば、ただでさえ混む手荷物検査場も専門の(つまり空いている)検査場で済ますことができるし、さっき預けたトランクも優先取り扱いされて、到着後あまり待たずに受け取れるのだとか。どうすればメンバーになれるかって?親父さんによれば、 「要はたくさん飛行機に乗りゃいい」 だそうだ。 「といっても、伊丹じゃ、もう何が優先やら、って感じで混んじまってるがな」 優先検査場というだけあって、手荷物検査はあっけなく済んでしまった。ありがちな時計やらキーケースなんかの出し忘れを、事前にハルヒのやつに注意されていたからではないこともない。 「出国検査場じゃ、こうはいかんぞ」 とニヤニヤして脅す親父さん。 「おどかすんじゃない。パスポートにハンコ押してもらうだけでしょ」 とつっこむハルヒ。ほんと、いつもこんな感じなんだろうな。 「ハンコ押すだけだが、国の外に出しちゃいかんやつもいるからな」 「このメンバーだと、親父よね」 「笑い事じゃないぞ。俺のツレなんか、家族旅行なのに、昔やった悪事がバレて大変だったんだぞ」 「だったら3人でバカンスを満喫するまでよ」 「だから、ツレの話だよ」 出国検査場もまた、なんということもなく、一人づつパスポートを見せ、ハンコを押してもらう。 ハルヒの親父さんのパスポートは、さすがにすごいハンコの数だ 「全部、仕事でだ」 と、やれやれ顔をつくって親父さんは言う。 「早く引退して、ひきこもりになりたいよ」 「親父がひきこもって何する気よ」 「庭でライオン飼って、夕方になったらドビュッシーを弾く」 「なにそれ?」 「映画だ、『007カジノ・ロワイヤル』の古い方。見たことないのか? あの希代のバカ映画を」 とりあえず、これで「出国OK」ということだな。形的には、一応これで外国に出た、ってことになるのか。 「向こうに専用ラウンジなんてものもあるが、おまえら、どうする? 搭乗までは、まだ結構時間はあるが」 「免税店とかあるんでしょ? ちょっと見て回るわ」 とハルヒはすでに、俺の手首を引っ掴んで、スタンバイの体勢。 「さっそく二人になりたい、とハルヒは思った」 オヤジさんは肩をすくめてみせる。 「へんな心理描写いれるな」 「じゃ、これからは茶々を入れてやる」 「よけい悪い! あんまりかわらないけど」 「検査が全部済んだと言っても浮かれるなよ。確率的には、今から搭乗するまでが、一番馬鹿みたいな失敗が多い」 「大丈夫よ」 ハルヒもおれも、パスポートとチケットは、ハルヒ謹製のパスポート・ケースに入れてある。 「時間厳守だぞ。時間が来たら、ナショナル・チームでも飛行機は待たんからな。で、おまえら時計持ってるのか?」 「あ」 「普段ケータイで時間を見てるような連中は、こういうはめに陥る。免税店で安いやつを見繕ってこい」 親父さんに一本とられたのが悔しいのか、ハルヒはアヒル口になって、無言で俺を引っ張っていく。 ハルヒの母さんはニコニコと俺たちを見送り、自分の鞄から布のブックカバーをつけた文庫本を出して読み始める。親父さんもそれに合わせてか、上着のポケットからペーパーバックを取り出す。 ハルヒは振り返らず、前だけを見てぐんぐん進む。俺は引かれていく。 「時計なんて、空港中いたるところにあるじゃない!」 「まあな」 「向こう着いたら、時間を忘れて遊ぶんだからね!」 「ああ、そうだな」 ハルヒはどこからかカードを取り出した。正確には取り出して構えた。 「腹立ちまぎれに無駄遣いしてやるわ」 「こらこら」 なんなんだ、その高級そうなクレジット・カードは? 「ブランド品なんかに興味はないけどね」 何故だか、恨みはないけどね、と聞こえるぞ。 「店ごと買うとか言うなよ。機内持ち込みできんぞ」 「わかってるわよ、そんなこと」 そりゃ、わかってるだろうけどな。 「ねえ、キョン。あんた、すごーく高い時計欲しくない?」 ほら、そうやって必ず不穏なことを思いつくんだ、おまえは。 「おまえはどうすんだ?」 「そんなの2つも買えないわよ。すごく高いんだから」 「全然高くないやつ、2つにしろよ」 「だーめ。もう決めたの」 「ヤクザかナンバーワン・ホストでなきゃ持てないような時計はいらんぞ」 「あほ。そんな時計、あんたに似合わないわよ」 じゃあ、「俺に似合う、すごーく高い時計」を探しているのか? それはすごーく嫌な予感がするぞ。 「はい、これ。安心しなさい。何十万も、何百万もするものじゃないから」 「あ、ああ」 「総称でパイロット・ウォッチって言ってね、文字通りパイロットがつける腕時計ね。元祖のブライトリング社のなら、満十万するけど。この文字盤の周囲についてるリングがあるでしょ。これが回るの。目盛りの刻み方が変なのに気付いた? これ回転計算尺になってるの」 「計算尺ってなんだ?」 「計算が、とくにかけ算と割り算だけれど、一瞬でできるものね。尺という位で、物差しタイプが一般的だけど、それを円形にまとめたものがこれ。パイロットは計器やコンピュータがみんな狂っても、残燃料と空港までの距離だとか、落下速度と地上までの距離とか、計算したいものが沢山あるでしょ、それも時間がらみで。だから時計に計算尺をつけたのは大正解ってわけ」 「ほう」 「わかってないわね。親父の腕時計、見た?」 「え?いや」 「まあ、あっちは元祖の本物だけどね。何万年に数秒しか狂わない電波ソーラー式時計の時代に、毎日10秒以上も狂う自動巻時計って何考えてんのかしらね。計算尺の使い方は、どうせ搭乗まで暇だからゆっくり教えてあげるけど、親父に聞けば、語りに語り続けるわ。旅行が終わっちゃうわね、多分」 わー、すげえ聞きたいが、今は聞きたくない感じ。 「だが、ひとつきりで、どうすんだよ」 「まだ、わかんないの?」 いや、わかってはいるが、今わかるわけにはいかない、というか。 「あんたがあたしの『時計係』になるに決まってるでしょ」 ラウンジの、ハルヒの親父さん&母さんのところに戻った。ハルヒが鼻息も荒く、俺の左手首を、とくに親父さんに、見せびらかすように高らかにあげる。俺は自由になる右手でこめかみを押さえる。オー、ジーザス。ああ、ほんとにすいません。 親父さんは「やれやれ」という意味のジェスチャー、ハルヒ母は読んでいた文庫本を口に当てて笑いがこらえられない様子だ。 「娘よ、やってくれたな」 「どう? ぐうの音も出ないでしょ?」 「負け惜しみで言うんじゃないが、キョンを日本に置いていったらな、どこかのバカの国際長電話代で、そんなもの5、6個は買えたぞ」 「と言ってる時点で、完全に負け惜しみね」 「ぐう」 しかたない、といった感じで本をしまったハルヒの母さんは、 「お父さん、いつ搭乗口に向かいます?」 「もう15分もすればアナウンスがあるだろうが、少し遅めに行こう」 「そんな、とろとろとしたことでいいの?」 腰に手をあてて胸を張り、暫定勝者ハルヒが親父さんを見下ろす。 「日本人は時間とアナウンスには従順だからな。合わせて動くと混雑を応援に行くようなもんだ。俺たちの席は前の方だから、少し遅れて乗り込む方が邪魔にならなくていい」 「あー、たいくつ、たいくつ!」 電車の長椅子に上って窓を見たいから靴を脱がせろと騒ぐ幼児のように、暴れ出すハルヒ。涼宮家ではこれにどういう風に対処するのか、後学のためにしばらく見ていよう。 「なんのために、キョンを連れてきたんだ」 って、親父さん、いきなり俺頼みですか? ハルヒの母さん、もう笑いスイッチ入ってますね? 「キョンはそんなんじゃなーい」 お、ハルヒ。あまり期待してないが、言ってやれ。 「キョンはね、キョンはね・・・」 それじゃ、古来の、針が溝をなぞっていた頃の壊れたレコードだ。 「・・・うー……と・に・か・く、キョンなのよ!」 「随分とテツガク的な惚気をありがとう」いや親父さん、今のは惚気では、ないと思います、よ。 「ハル、暇なら何か読む?」 「うん。母さん、何持ってきたの?」 「旅行には、やっぱり旅行記よね」 「って、えーと、クセノポン『アナバシス』? カエサル『ガリア戦記』? クラウゼヴィッツ『ナポレオン戦争従軍記』? って、全部、旅行記じゃなくて戦記でしょ!」 「あら、でもみんな遠征してるわよ」 「遠征は、旅っていえば旅だけども!」 「俺のを読むか?」 「期待しないけど、聞くだけは聞いてあげる。・・・Making a Good Script Greatって、何これ?」 「映画のシナリオをどう書き直すかのマニュアル本だな。ハリウッド映画だと、制作費が馬鹿でかくて映画が当たるか当たらないか不確定だから、映画自体に保険をかける。保険会社がキャスト表とシナリオを分析して、これだと当たりそうだから保険の掛け金は低くてこれくらいでいいや、このシナリオだとヒットしそうにないから掛け金を高くしよう、ってな具合にな。で、保険の掛け金を低く抑えたい映画会社やプロデューサーは、シナリオを『シナリオ・コンサルタント』のところに持っていくんだ。シナリオ・コンサルタントは元のシナリオの長所を生かしながら短所を修正していくんだな。どうやれば冒頭シーンで客を引きつけられるとか、どうやって泣かせるとか、いろいろ手練手管がある訳だ。これはそのシナリオ・コンサルタントの一人が書いたマニュアル本で・・・」 「そんな本読んで、どうしようっての?」 「あ、この映画はあの手をつかってやがる、ちがう、そこで例の手を使えばいいのに、といろいろ突っ込めて楽しいぞ」 「キョンは、あんな悪魔に魂売っちゃ駄目だからね」 俺はすこーし、その本を読むのもいいかもしれん、と思ったぞ。次作の超監督とかが。俺が読むと、俺が窮地に陥る気がしたので、口にはしないがな。好事魔多しとは、こういうことを言うんだろうか。 日本語と英語で、搭乗開始を知らせるアナウンスが流れた。 あちこちで腰を上げ、指定された搭乗ゲートの方へ流れていく人たち。親父さんと母さんは読書を続け、ハルヒと俺は、買ったばかりの腕時計の計算尺リングを回して、1.69×2.7といったかけ算をしているのだが、頭を付き合わせ、手を取り合って、何をしてるように見えるんだかね。 「人ごみが薄くなってきた」 親父さんがゆっくり腰を上げた。他の3人もそれに合わせて立ち上がる。 「ぼちぼち、ぶらぶら、まったり、行くか」 とにかく全く急がないで進もうという親父さんの提案に、他3人はそれぞれ違った風にうなずいた。多分、考えていることなんかも、それぞれに違っているんだろう。 搭乗口は、さっきまでゴッタ替えしていたようだった。自動改札みたいなのの側に係員のお姉さんが立っていて、そこでチケットを入れると、席の位置を示す半券みたいなのが出てくる。 親父さんはシナリオのリライト・マニュアルを読みながら、チケットをいれ、 「パスポートは?」と問いかけ 「あ、拝見します」という返事を待たずに、ポケットからパスポート入れを出して係員に渡している。あれもハルヒ謹製と見た。 「何をやるにも不真面目ね」 続いてハルヒがぷんぷん怒りながら通っていく。続いて俺。最後がハルヒの母さん。さすがに本はしまってある。 「思ったより、飛行機飛んでないわね」 大きなガラスの向こうの滑走路を見ながら、ハルヒの母さんが言う。 「国内便はみんな伊丹にいっちまった。午前10時から午後4時まで、ここから成田へ行く飛行機は一機もないそうだ」 という親父さんの答えに、 「そうなの」とハルヒの母さんはつぶやいてチケットをしまった。 すでに搭乗予定のほとんどの人が乗り込んでおり、飛行機の中に入ると中にはぎっしり人が詰まっていた。 親父さんが言ってたとおり、俺たちの席は、入り口からたいして離れていないところにあった。 ハルヒに窓側を譲ろうとしたが、「キョン、あんた始めてなんだから、あんたが窓際行きなさい」と頑として聞かない。 ようやく俺の頭に、いつぞやの古泉の言葉が浮かんだ。 「わかった。じゃあ窓際に座らせてもらうぞ」 「どうぞ」 3人がけの席で、ハルヒは俺の隣に座る、その向こうが通路側になりハルヒの母さん。親父さんは通路を挟んで、さらにその向こうに座る。 機長の自己紹介やら、救命設備の説明アナウンスやらが流れて、スチュワーデスさんが踊っているように装着の実演をやっていた。 「最近はビデオ流して済ますのが多いがな。マイナーな路線ほど、今のダンスが見れる」 2つ席の向こうから、親父さんが解説してくれる。 こうしてしっかり席についてから、離陸のために飛行機が滑走路を走り出すまでの時間がけっこう長い。これだけでかい空港でも、滑走路の数は少なくて、待ち時間なんかがあるためだそうだ。 全然別の経験なんだが、予防注射って奴は、注射のちくりという痛みよりも、注射されるまで並んで待っているのが案外つらいんだよな。 気がつくと、ハルヒの母さんの、ニコニコという音がほんとにしそうな笑顔からも、親父さんの何故か声はしないが「ゲラゲラ」というのが伝わってきそうな笑いからも、どこか生暖かい視線にも似たものが飛んで来ていた。 なるほど。そういえば、いつも騒がしいとなりの奴が、席に着いた途端に、借りてきた猫のようじゃないか。 「なあ、ハルヒ。ひょっとしておまえ、飛行機こわいのか?」 「ば、ばかじゃないの? 怖いわけがないじゃない!」 「鉄の塊が飛ぶのは、おかしいとか、信じられないとか、その手の類か?」 「こ、こんなもんはね、目つぶって寝てたら、いつのまにか現地に到着してるものなの!」 「それだと機内食も食えないだろ。ほら、手、貸せ」 「は?なに?」 「手だ。握っといてやる」 「あんた、ばかじゃないの。……親もいるってのに」 「かまわん。俺は気にせんぞ」 「あんたが気にしなくても、あたしが気にするわよ……その、ちょっとは」 「じゃあ、そっちの目はつぶってろ」 「意味わかんない。……わかったわよ、握ればいいんでしょ、握れば」いかにも渋々といった感じで、俺の手を取りに来る。 「……離したら、承知しないからね」 「母さん、ピンチだ。たすけてくれ。自分の娘と婿に萌え死にそうだ」 「まだ婿じゃありませんよ」 「『恋愛が与えることができる最大の幸福は愛する女性の手を握ることである』(スタンダール)」 「何か言いました?」 「いいなあ、って言ったんだ」 「飛行機に乗るなんて、いつものことじゃありませんか」 「忘れられんフライトになりそうだ」 その4へつづく
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俺の日常はきっと赤の他人から見れば、まあ大変ねとか、苦労なさっているんですねとか 言われてしまうようなきわめて非日常的な状態にあるんだろうが、俺にとってはこれが楽しくて仕方がない ごくごく普通の日常であると断言できる。 宇宙人・未来人・超能力者。こんなのが得体の知れない情報爆発女を中心に闊歩している世界に 俺のようなきわめて一般的平凡スペック人間がコバンザメのようにくっついて歩いている光景は、 確かに不釣り合いと言えばその通りである。が、いったんそんな現実を受け入れてしまえば、 細かいことはもうどうでもよくなり、どうやってこの微妙に非日常を満喫するか考える毎日だ。 てなわけで、本日もハルヒ発案による不思議探索パトロール中である。 相変わらず、ハルヒの望むような変なものが見つかるわけでもなく、ほとんどSOS団という謎の集団による 食べ歩き・散策・名所巡り状態になっているが。 「にしてもだ。ハルヒが本当に変なものに遭遇を望んでいるなら、とっくに見つかっていそうだけどな」 俺は朝比奈さんをうらやましくも抱き寄せほおずりしながら歩くハルヒを尻目に言う。 それにすぐ横を歩いていた古泉は苦笑しながら、 「涼宮さんにとってそういった奇怪なものを見つけることよりも、我々と一緒に遊ぶことの方が楽しいのでしょう。 そうでなければあなたの言うとおり、今頃町中がエイリアンやUMAで溢れかえっていますよ」 確かのその通りだろうな。実際に俺もそんな物騒な連中が現れずに、こうやって遊び歩いている方が遙かに楽しい。 ハルヒ自身も未知との遭遇がなくても、現状の不思議探索パトロールで満足しきっているんだろうな。 と、古泉は珍しく胡散臭さのない屈託のない笑顔で、 「このままこの日常が続けば良いですね。僕のアルバイトもいっそのこと無くなってしまった方がいいですし」 そんなことをしみじみとつぶやく。 お前達の言うようにハルヒが世界を平然と作り替えられる能力を持った神的存在って言うなら、 この平穏な日常は永遠に続くだろうよ。ハルヒがそう望み続ける間はな…… ……この時まで俺はそう確信していた。 ◇◇◇◇ 「ちょっと公園で一休みしましょう」 そうハルヒの一声で俺たちは公園のベンチに座る。ところでハルヒさん。いくら何でもずっと朝比奈さんに抱きついたままなのは どうかと思うぞ。全くうらやまし――じゃない、少しは朝比奈さんの迷惑を考えろよな。 「いいじゃん。今日は思ったよりも寒かったからカイロが必要なのよ。う~ん、さっすがみくるちゃんは暖かいわね」 「ふえ~」 ハルヒの傍若無人の振る舞いに朝比奈さんは困り切った顔を浮かべているんだが、 ついついそんな彼女にもこうエンジェル的優美かつ華麗さを感じ取って見とれてしまう俺も相当罪深い。 アーメン。俺の男としての性を許してくれたまへ。 一方の長門は相変わらずの無表情ぶりでベンチの上にちょこんと座っている。すっかり謎の超生命体印の宇宙人というよりも 文芸部部長兼SOS団最大の功労者という肩書きが似合うようになった。そんな彼女も今日もいつも通り無表情・無口で 無害なオーラを延々と見せているところから別に変なことが背後やら水面下とかでうごめいてはいなさそうだな。 ふと、ここでハルヒと目が合ってしまった。なんてこった。俺としたことが飛んだミスを。 「ちょっとキョン。のどが乾いたからみんなにジュースを買ってきなさい。あ、当然あんたのおごりでね」 「何で俺が」 横暴極まりない俺への指令に、俺は抗議の声を上げるが、ハルヒは朝比奈さんを抱きしめたまま、 「今日も遅刻したじゃん。罰金よ罰金! ほらほらぶつくさ言わないでとっとと買ってきなさい! あ、あたしは暖かい紅茶でね♪」 満面の笑み100%を浮かべているところを見ると、全く今日もいつもの傍若無人ぶり全開だな。 いつもどおりってのも安心できると言えばそうなんだが。 俺は長門と古泉、それに朝比奈さんの要望を聞くと、近くの自販機を探し始めた。 ちなみに俺の癒しの朝比奈さんは、ごめんなさいとぺこぺこしていたが、そんなに謝る必要なんてありませんよ。 あなたがアルプスの天然水が飲みたいというなら、今すぐ新幹線に飛び乗っていくことなんておやすいご用ですぜ。 しばらくきょろきょろと見回していた俺だったが、やがて公園に乗ってはしる道路の向こう側に 自販機が並んでいるのが目に入った。俺は横断歩道の信号が青になったことを確認し、小銭を数えながらそこを渡り始める。 ――キョンっ!? 後頭部に突然ハルヒの声がぶつけられる。そのあまりに突飛な声に何事だと俺は右回り180度ターンで振り返っている途中で 気がついた。俺の鼻先30センチのところにばかでかい巨大トラックがいることに。 当然ながら空中に突如出現したわけでもなく、猛スピードで信号を無視して俺に突っ込んできている。 鈍い衝撃が俺の鼻に直撃した以降、俺は何も感じなくなった―― ◇◇◇◇ ――キョンっ――キョンっ――お願い――目を開けて―― ハルヒの声だ。何だやかましい。言われなくてもすぐに起きてやるよ…… 俺はすぐにまぶたを開こうとして気がついた。どれだけ強く力を込めて目を見開こうとしても まるでそれを拒否するかのように、強くまぶたが閉じられている。目の上の筋肉辺りは動いているようだったが、 肝心のまぶたは力を込めると逆にしまりが強まる。くっそ――どうなってやがる…… ――キョンくん……どうして……こんなことに―― 次に聞こえてきたのは朝比奈さんの声だ。耳に届く美しい言葉に俺は再度目に力を入れるが、やはり開かない。 ずっと続く闇の中、朝比奈さんのすすり声だけが俺の脳内に響く。ここで気がついたが、俺の手足も俺の意志に反して 全く動かなかった。まるで全身に釘を打ち込まれたかのように身体が硬直し、直接的な痛みよりも 動くはずの俺の身体が動かないというもどかしさに、俺は強烈ないらだちを憶えた。 しばらくして朝比奈さんのすすり泣きも聞こえてこなくなった。そのままどれだけの時間が過ぎたころだろうか。 いい加減、自分の身体が動かないことにあきらめつつあったころ、今度は言い争いが聞こえてきた。 はっきりと言葉の末尾が聞こえないが、片方が古泉の声であることはすぐにわかった。聞いたことのない男の声と 激しくやり合っているみたいだ。おい古泉、そんな声を出すなんてお前らしくないぞ。どうした? しばらく意味不明な怒声のキャッチボールが続いていたが、やがてバンという大きな音とともにそれが止まった、 ――何――やってんのよ――病人の前なのよ!? 出て行って! 出て行ってよ!―― ハルヒの声だ。すまん、ハルヒ。助かったよ。これが続いていたら俺の耳がくさっちまいそうだ。 ん? 今ハルヒはとんでもないことを言わなかったか? なんだったっけ……ま、いいか。ちょっと眠くなった。寝よう…… ――やあ、キョン―― ……ん、誰だよ。人が寝ているってのに…… ――久しぶりに顔を合わせたかと思えば、こんなことになってしまうとは、ついていないと言えば良いんだろうかね? ……うっさいな、俺は眠いんだよ。寝かしてくれ…… ――僕は君が起きているつもりで話すよ。いまさらだけどね。少しでもその意味を理解できているなら―― 俺はここで眠りに落ちた…… 一体どのくらい経ったんだろうか。眠っては起きてまた眠っての繰り返しの日々。いい加減飽きてきたんだが、 起きても指一本動かせず、目すら開かないのでどうしようもない現実だ。聞こえてくるのは耳を通してではなく 頭蓋骨を伝わってくるようなぼやけた声だけ。最初はそれを聞き取ろうと努力したんだが、どうやら俺がどうこうしても 無駄なようだ。はっきり聞こえてくるときとそうでないときの違いは、俺の意志や努力とは関係なかった。 そして、久しぶりにはっきりと聞こえた声。 ――ゴメン、キョン。全部あたしの責任よ。あたしがあの時あんたを使いっ走りにしなければよかった。 ――あたしが悪いの――――――――――――ごめんなさいっ――――本当にごめんなさい――だから目を開けて――お願い―― そんな悲しそうな声を出すなよ、ハルヒ。お前のせいじゃないに決まっているだろ? 自分をあんまり責めるなよ。 らしくなさすぎるほうが帰って俺を不安にさせるんだからさ。大体、あんなことはいつもどこかで起きているんだから―― あれ? なんだっけ? 俺、なんかとんでもない目にでも遭ったのか? なんだっけ…… それから果てしない時間が過ぎたような気がする。 もうはっきりした声も聞こえなくなり、雑音のような声らしきものが俺の脳内に拡散していく毎日。 飽きたなんて言う感覚すら通り越して、意識が麻痺しているんじゃないかと思いたくなるほどの無感状態になっていた。 寝て起きて寝て起きて寝て起きて寝て起きて――もう考えることすらうっとおしくなってきている。 ――あきらめないで。 長門の声だ。すごく久しぶりに聞いた。ちょっとうれしくなる。すまないがちょっと俺の目を開ける手伝いをしてくれないか? ――今、わたしは何もできない。 そりゃまた白状だな。SOS団の仲間だろ? ――あなたと意識レベルでの言語的会話をすることが、わたしにできる唯一できること。 なら、せっかくだ。話でも聞かせてくれ。そうだな。おとぎ話でもいいぞ。いい加減、退屈で感覚が麻痺しているんだ。 ――残念ながらわたしにはあなたの身体構造の再起動を促せるような言語刺激を持ち合わせていない。 そうか。それなら仕方がないな。そろそろ眠たくなってきたから、寝るよ。 そうだ、また退屈になったら話してくれないか? ――もうこのインタフェースであなたと会うことは二度と無いかもしれない。でも聞いて。 なんだ? ――このままでは涼宮ハルヒはこの惑星にすむ知的生命体全てからの憎しみをぶつけられる。 ――そして、世界は消滅する。 は? なんだそりゃ。そんなことがあってたまるか。 ハルヒはな、確かに行動が突飛だったりわがままだったりするが、何だかんだで常識的な奴なんだよ。 人を本気で傷つけたりとかなんてしないしな。見た目で判断するんじゃねえよ。 誰も彼もが誤解しているってなら俺が教えてやる。ハルヒって奴が本当はどんな奴って事をな…… そう思った瞬間、今までの目の拘束状態が嘘だったかのように消える。 そして、俺はゆっくりと目を開いた…… ~~その1へ~~
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第三章 7月7日…とうとうこの日が来てしまった。 俺は何の対策も考えていない。 何かいい考えは無いかと考えている間に午前の授業が終わった。 昼飯は一年の時と同様谷口や国木田と食べている。 卵焼きを突いていた谷口がこんなことを言い出した。 「涼宮って去年の7月7日おかしくなかったか?俺学校の帰り道で東中の前通るんだけどさ、 俺去年の七夕の日学校が終わってゲーセンによってから帰ったんだ。たしか8時ごろ、 東中の前を通ったら涼宮が校庭でずっと立ってたんだ、しかも雨が降ってたのに傘もささずに。あれなんか意味あるのか?あいつのやることはやっぱよくわからん。」 「ふ~ん、そうか」俺は平然を装った。なんとなく動揺しているのを見られるのはまずい気がした。 心の中では適当に済ませばいいなんて考えていた俺をもう一人の俺が殴っていた。俗に言う心の中の天使と悪魔と言うやつである。 そして悪魔のほうが天使にぶっ飛ばされたわけだが、天使が勝ったところでどうにかなるわけでもなく俺は途方に暮れていた。 午後の授業もあっという間に過ぎ、とうとう部活の時間だ、今日だけはあいつと顔を合わせたくないのだが行かないほうがめんどくさいことになる気がするので文芸部室へと足を運んだ。 すると足取りが重かったせいか俺が部室に着く時には全員がそろっていてハルヒが嫌な笑みを浮かべた。 この瞬間俺は背筋が凍りつくような寒気を感じた。 このときの俺はこれから何が起こるかなんて知るよしも無かった。 ハルヒは全員がそろったと言うことでこう言った。 「今日は七夕で不思議も油断しているかもしれないわ!今日はこれから久しぶりに市内探索しましょ!!」 なんだって?最近驚いてばかりってのに驚きだ。市内探索?今から? 実は今までに5回市内探索が行われたのだが、結局一度もハルヒとなることは無かった。 そしてハルヒは例のごとくどこにしまっていたのか爪楊枝を取り出し例のごとく俺たちは爪楊枝を引いた、 そして驚いたなんと俺とハルヒがペアになっていたのである。 その瞬間明らかに長門、古泉両名の顔が明らかにゆがんだ。 ハルヒは言った。「何であんたとペアなのよ。まあいいわ、足手まといにならないようにしなさいよ!」いかにもハルヒらしい発言が聞けて俺は安心した。 「わかってるよ。」そう言い返しておいた。俺はなんかうれしいかった、それが何故かはわからないが。 そして夕方5時過ぎに俺とハルヒは学校を出た、そして行くあてはあるのかと聞いてみたするとハルヒは当然のように「東中。」 俺はそうか何しに行くんだ?とわざと聞いてみた。 するとちょっと怒ったように「あんた昨日の話聞いてたの?あたしは人を探しているのよ!」と答えるハルヒ。 俺は何故か行ったらまずい様な気がした、しかし断る理由も無く、思いつきもしなかったため「冗談だ、なら急ごう」そう言ってハルヒの前を歩いた。 北校から中学まで30分ほどで着いた。着いたはいいがまだ部活やら補修やらで残っている生徒がいるようだこれでは中に入れない。 「どうする?ハルヒ。」と聞いてみる。 「そうね、今入るのはまずいわねどこかで時間を潰しましょう。近くにちょうどいい公園があるわ、そこに行きましょう。」 あの変わり者のメッカか…こいつも好きらしいな断る理由も無い。 「わかった。」と答えた。 公園に着くと二人でベンチに座った。傍から見れば完全にカップルだ。 お似合いに見えるかは置いといてだな。 「だいだい8時ぐらいまでは待ってなきゃだめだろうな。」と俺。 「そうね、後2時間ぐらいね」とハルヒ。 「なんか話しでもするか。」 そして俺たちはしゃべり続けた。 新しいクラスがつまらないこと、朝比奈さんのコスプレ衣装の希望、これからのSOS団の活動内容について、新しい担任がむかつく事 そしてあっという間に2時間が過ぎた。 ハルヒが時計を確認し「そろそろ時間よ、行きましょう」そして後についていく俺。 学校に着くとさすがに真っ暗で携帯のライトで周りを照らした。 そしてこの後俺は信じられない光景を目の当たりにする ハルヒがライトを向け俺の名前を呼ぼうとしたときだ。 「キョ… 涼宮ハルヒがいきなり倒れたのだ、俺は焦った。 こんなに焦ったのはハルヒが消失しちまったとき以来だ。 焦りながらも俺は古泉に電話を掛けた、後から考えればナイスな判断だったと思う。 「古泉!!ハルヒが倒れた!!!!」 「どうしました落ち着いて下さい。」 「北校でハルヒが倒れたんだよ!!」 「わかりました15分…いや10分で向かわせます。」 「わかった。早くしてくれ」 こんな感じだったと思う、あまり覚えていない。 たぶん10分ぐらいで救急車が着たんだろうが俺には3倍ぐらい長く思えた。 そして機関御用達の病院にハルヒは検査入院ということで入院した 第四章
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「い、言い出したのは、おまえだからな」 とおれ、何を言ってる? 「わ、わかったわよ。別に……どうってことないわ」 どうってこと、あるだろうが、その顔は? 「何よ?」 やめろ、考え直せ。 「な、なんでもない……」 そうじゃない! 何かあるだろ!? なんでもいい。部屋が寒いとか、風邪気味だとか、じいさんの遺言だとか、 学校に来る途中黒い猫に前を横切られたとか、なんかそういう、 それこそどーでもいい、断る理由が、だ。 「お、おまえ、さ、寒くないのか?」 「さ、寒いわけないでしょ! それがこれから服を脱ぐ人間に対して言うセリフ!?」 いや、まったく、そのとおり。って、だから、それ、既定事項かよ! 「ハルヒ!」 「ちょっと離して! あんたに脱がされるくらいなら!」 おれはハルヒの腕を取り、引き寄せようとして失敗して、 それならと自分の方から近づいた。 おれの上半身がこいつに覆いかぶさるようにぶつかる。 おれはこいつの腕を離し、かわりに背中に回した自分の腕をつかんだ。 「ちょっと、何すんの!」 「うるさい」 「ぬ、脱がすだけじゃ飽き足らず、襲おうってわけ? 上等よ!!」 「そうじゃない!」 腕に少しだけ力を込める。 「そうじゃない。……バカなことするな」 「な、なにがバカよ!」 「簡単に見せていいものでも、見ていいものでもない」 「……」 「おれもむきになってた。謝る。だから……」 「……へえ、あんた、あたしのハダカ、見たくないんだ……」 「そうじゃなくて! 人の話、ちゃんと聞けよ」 「このお、アホバカエロキョン!」 叫ぶなり、ハルヒは体を沈め、次に床を激しく踏んで、 全身の力を頭突きでおれのあごにぶつけ、見事おれの腕から脱出した。 「ぐおっ!」 「……あ、あたしが本気になったら、あんたなんかに指一本触れさせないわ!」 おれは尻もちをつき、体中に走った痛みに耐えながら、何か唸った。 「……そ、そうかよ」 「な、何よ、自分だけ格好つけたつもり!? 人の気持ちも知らないで!!」 「あ、あんたが悪いんだからね……」 ハルヒの、ためらっていた右手が、 セーラー服のスカーフをつかむ。 おれは目を上げていられず、思わず顔を伏せる。 スカーフが、おれの視線の先に、床の上に落ちた。 部屋は耳が痛くなるほど静かで、 自分の鼓動と布すれの音だけが聞こえる。 とても近くに……。 「罰よ」 ハルヒの両腕が、しゃがんでいるおれの肩に乗せられた。 首の後ろで交差し、二人の肩の距離を縮めて行く。 二人の体が次第に近付いていき、これ以上進めなくなって…… ハルヒの腕から、いや全身から、何かが崩れ落ちるように力が抜けた。 おれは手をそえ、こいつの体を抱き抱えた。 でないと、床の上に倒れるか、あるいは、 そのままかき消えてしまうんじゃないかと思うくらい、 ハルヒの眼から光が、体から力が、消えちまっていた。 「ハルヒ……、おいハルヒ!」 「……聞こえてる。こんなに近くにいるんだから」 その声は、どこかこの世でないところから響いているみたいに弱く遠かった。 「どうした?大丈夫だよな?」 「そういうときは大丈夫か?って聞くのよ。……大丈夫。 力は抜けちゃったけど、あんたが支えてくれたら、あたしは倒れないわ」 聞きたいのはそういうことじゃない。 けれど、今、こいつの話をさえぎるなんてできない相談だった。 そんなことしたら、……いや、あり得ないことだと頭では分かっている。 だが、おれの体と心のあちこちが、警報を発してる。 「……確かに、今日のあたしはどうかしてる。 あんたのヘタレが感染(うつ)ったのかしらね。 ……普段なら、こんなこと絶対言わないわ。 聞けるとしても、キョン、今日限りだって思いなさい。あたしは……」 「あたしは……あたしには、あんたが怖がってるのが分かる。 ……正直に言うわ。あたしも同じ。でもね……」 「……ハルヒ?」 頼むから黙るな。声を聞かせてくれ。 「……でもね、たとえ何があろうと、あたしは変わらないし、あんたも変わらない。 成長しないとか、そういうことじゃないわよ。 とにかく変わらないの。だから……」 ハルヒはおれの胸から体を起こし、 よじのぼるようにして上半身をのばし、 おれの眼の中を見て、少しだけ笑った。 「キスだけで夢オチなんて願い下げよ」 お互いの動きに応えるように、お互いの口が相手の唇でふさぐ。 「……どう?あんたは消えてなくならないし、あたしもいなくならない。 少しは落ちついた?」 心臓が大火事のときの半鐘のように打ちまくってる。 「まだだ」 「や、やっぱり、あんたはエロキョンのままね!」 「そんなこと、うれしそうに言うな」 「だ、誰がうれしそうよ!?」 「おまえだ、エロハルヒ」 「聞き捨てならないわね」 「捨てられてたまるか」 「捨てないわよ、安心しなさい!」 「そっちの捨てるじゃない!!」 「……う、うれしいに決まってるでしょ! これがうれしくなかったら、何がうれしいっていうのよ!」 「あ……」 「ふん。こういうのはね、ビビって後出しする方が負けなの」 ああ、きっと、そうなんだろう。 おまえはいつも、おれの一歩先に居て、 おれをぐいぐい引っ張って行く。 そして、おれがまだみたこともない何かを おれに見せつけるんだ。 離そうたって、目が離せないような……。 だからな……。 「こ、こら! キョン、重い! のしかかるな!」 「のしかかってるんじゃない。襲ってるんだ!」 一瞬、二人とも絶句する。 「……だったら!」 「なんだ?」 「もっと……真面目にやんなさい」 「ハルヒ」 「何よ!?」 「こっち見ろよ」 「だから、何?」 「おれは真面目だ」 「うそ。目が笑ってるわ。泳いでるより……いいけど」 「笑ってるんじゃない」 「だったら、何?」 そして、ようやく二人の目が合った。 「……し、幸せに浸ってんだ」 「あ、あんたってやつは!」 「……あ、後出しが、負けなんだろ?」 「うっさい! あたしの方がね、あんたの何倍も何十倍も幸せよ!」 「そんなこと、競うな! というか、それはそれで問題あるだろ!?」 「じゃなくて! それなら、もっと先に言う言葉があるでしょ!」 「お、おう……」 「あ、あたしの方はもう言ったようなもんだし……あとは、あんただけよ!」 おい、ちょっと待て。 「今日は日が悪いとか、年寄りくさい言い訳はあらかじめ全方面的に却下よ!」 「……は、ハルヒ」 「ハルヒはあたしよ。もうこれ以上、名前を呼ぶ必要は無いからね!」 「うっ……あ」 「あ?」 「…………あ」 「あ!?」 「あけま(ボコッ!)………さ、最後まで言わせろよ!」 「聞くに耐えない」 「あー、ごほん。…… span style="font-size 80%;" 好きだ、ハルヒ /span 」 「そんなのは百も承知よ!」 「え?(コレジャナイノ?)」 「で?」 「 span style="font-size 80%;" あいして……ます /span 」 「何で、です・ます調なのよ!?」 「いや、細部じゃなくて意を汲んでくれ」 「男ならそこは、『好きなんだから、良いだろお』でしょ!!」 「……ハルヒ、立場が逆なら殴られてるぞ」 「そ、そうなの?」 「うっとうしい! 邪魔するぞ!!」 「お、親父さん!?」 「バカ親父、絶対的かつ超越論的に邪魔よ! っていうか、いつから居たの!?」 「馬鹿ハルキョン、まとめて聞け。 姫始め(ひめはじめ)というのは、1月2日の行事で、由来は諸説あってはっきりしておらず、 本来は何をする行事であったのかも判っていない。 一般には、その年になって初めて夫妻などが交合することと考えられているが、 正月の強飯(こわいい。蒸した固い飯。別名「おこわ」)からはじめて 正月にやわらかくたいた飯(=姫飯(ひめいい))を食べ始める日とも、 「飛馬始め」で馬の乗り初めの日とも、 「姫糊始め」の意で女が洗濯や洗い張りを始める日ともいわれる」 「ええ? 年越しでエッチするんじゃないの!?」 「全然違う。かすりもしてない。という訳だ、キョン、出直してこい」 「は、はい」 「おせち料理を手伝うのをさぼったバカ娘には、母さんから本気で話があるそうだ」 「へ、ふえ?」 「お、おれもいっしょに……」 「ダメだ。どうしてもというなら、キョン、おれが特別にじっくり話をしてやる。 雪崩にあった母と幼子の話だ。 幼子に乳を飲ませるため、 水分を摂取しようと雪を食べ、 その乳で幼子は助かったが、 母親は、氷を水にするためにカロリーを消耗して凍死した話だ。 昔、理科の教科書に載ってた」 「うああ、ほとんど聞いちまったけど、聞きたくない!」 (おしまい、今年こそがんばります by 親父書き)
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第1章 ―春休み、終盤 結局俺たちは例の変り者のメッカ、長門のマンションの前の公園で花見をしている …はずだったのだが、俺の部屋にSOS団の面々が集まっているのはなぜだ? よし、こういうときはいつものように回想モード、ON 「我がSOS団は春休み、花見をするわよ!」 ハルヒの高らかな宣言を聞き、俺は少し安心した 春といえばハルヒの中では花見らしい もっと別のものが出てきたらどうしようかと思った ま、原因はさっきの古泉が付き合う付き合わないとか言っていたせいだろう 春は恋の季節と歌った歌があったからな 「お花見…ですか?」 ハルヒの言葉に北高のアイドルにして俺のエンジェル、そしてSOS団専属メイドの朝比奈さんが反応した 「そ、お花見。言っとくけどアルコールは厳禁だからね!!」 アルコール厳禁を宣言するだけなのに何がそんなに楽しいのか、ハルヒの笑顔は夜空に栄える隅田川の打ち上げ花火のようにまばゆい光を放っていた 「わぁ…あたしお花見って初めてで…すごく楽しみ」 対抗意識を燃やしたわけではないだろうが、それに負けじと朝比奈さんの笑顔も春の花畑を優雅に舞う蝶が羽休めのためにチューリップに静かにとまったかのような清楚な微笑みだった 「このメンバーでお花見とは、楽しくなりそうで僕も楽しみです。」 ハルヒに従順なイエスマン、古泉も相変わらず微笑をうかべたまま反対しようとはしない もちろん長門はというと寡黙なその視線を分厚い文庫本に注いでるだけだ と、いうわけでSOS団お花見計画は満場一致で開催が決定された しかし、春休みに楽しい予定が入ったからといって時間の流れというのはその時間を頭出ししてくれたりはしない 目の前に立ちはだかるでっかい問題をどうにかするのが先だった そう、すべての学生の不倶戴天の敵 ―もうわかるだろう、奴の名は学年末テストだ どうにかしようとは思っていても結局至極当然のように放課後になると俺はここ、文芸部の部室にいるわけで、それは鳥が空を飛ぶように、魚が水の中を泳ぐように足が部室をめざすのだから仕方ない このままだと俺がリアルにハルヒの力によってではなく、俺の力不足によって1年生をループすることになるのですべてのプライドを捨て、部室でネットサーフィンしてばかりの我らが団長様に教えを請うことになった ハルヒはこんなのもわからないのといった表情で、それでいて勉強しているというのにどこか楽しそうで、それでも親切丁寧に俺に勉強を教えてくれた しかも、教えるのがやたらうまい 俺のバカ頭で、見ただけで頭が痛くなりそうな数式を頭を痛めつつだが、なんとか解けるまでにしてくれた なるほど、だからあの眼鏡の少年は将来タイムマシンに準ずるものを開発してしまえるのか だから画家にはならないでくれ もう二度と俺のモンタージュを書かないように、と思ったのは余談だ なんやかんやで学年末テストでは学年でとまではいかないがクラスで5本の指に入るくらいの点数を叩きだすことができた 担任の岡部もびっくり仰天だっただろう ハルヒ様様だ テストが終わればあとは春休みを待つばかりで俺はwktk…じゃなかった、期待して到来を待った 春休みまでの数日で俺が古泉にボードゲームでかなり勝ち越したことも付け加えておこう ―そして 春休み初日 天気予報で今年の桜開花予想を聞いたハルヒは終業式の日のうちに本日の集合を決めていた その場で話し合えばいいのにハルヒはいちいちみんなで集まりたいらしい その点に関しては俺も異論はないが なので俺がめずらしく一念発起し、たまには俺以外の―そうだな、古泉辺りが理想だが、 他の団員に喫茶店代を出させてやろうと思っても俺含むすべての団員がハルヒの願いによって操られるためいつでも最後に到着するのは俺だ なぜハルヒが俺におごらせたいのかは謎だが というわけで結局いつもの喫茶店に俺たちはいるわけだが1ついつもと違うことといえば長門が2つの合宿以外で見せなかった制服ではない私服姿でいることだ 淡い水色のワンピース その寒涼系のコーディネートはひどく似合っていて何かあるのかと勘ぐった俺の思考を一瞬止めた しかし、勘ぐったのは束の間、長門から特に特別な表情は読み取れなかったため特異な理由があるわけではなく、 ただたんに長門が‘そうしたかったから’このワンピースを着ていると悟った俺は「よく似合っている」の一言で片付けることにした ハルヒはというと春というより夏に近い格好で、ノースリーブシャツにキュロットといった服装 愛しのマイエンジェル、朝比奈さんはタートルネックにスリットの入ったロングスカートとこれまた何ともそそる格好をなされていた 蛇足だが古泉はワイシャツにジーパン、そのうえにスプリングコートを羽織っていた それが道行く女性の視線を集めたのはいうまでもない 「今年の開花予想は4月3日だって。例年より早いらしいけど、地球温暖化の影響によって東京の桜はかなり早く咲くらしいの。 それを考えると騒ぐ程のことではないってテレビでいってたわ」 温暖化云々と地球環境問題のことを聞くと危惧するべきだろうが、俺は正直、ホッとしていた 学校が始まってからの開花だったらどうしようかと考えていたからだ これもハルヒの力によるものかもしれないのだが 「と、いうわけでキョン、場所取りお願いね、ちゃんと前の晩から徹夜するのよ」 さらりととんでもないことをぬかしたハルヒは穏やかな笑顔で俺を見つめた 仕方なく反論を用意した 「確かに場所取りは重要だがいくらなんでも一人で徹夜はひどいだろう、せめて…」 せめて古泉も道連れにと言い掛けたところでハルヒが口を開いた 「誰も一人で行けなんていってないでしょ?大丈夫」 そのあと、ハルヒは南極に白くまが、北極にペンギンが住み、地球の自転、公転が逆になっても耳を疑うようなことを言った 「あたしもいくわよ」 と、いうわけで何度かの市内探索パトロールを経て、4月2日夜、ハルヒに呼び出された俺は変り者のメッカの例の公園でハルヒとともにブルーシートを広げ、場所を確保している さすが変り者のメッカというべきか他にも数ヶ所で場所取りの人材が場所を確保している ちなみにハルヒが場所取りを立候補したのは「あんただけに今年の1番桜を見せるわけにはいかない、むしろあたしが見るべきよ」というものだった 次の日の昼頃に他の連中が来てドンチャン騒ぎをしたのだがハルヒが「やっぱり花見は満開のときがいいわね」と言ったため本日4月5日にもう一度花見が割り当てられたのだったが ―雨 一言で片付く事象で花見は中止 なぜかSOS団は俺の家に集まっているといった状況になっている 回想モード、終わり 第2章
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俺は植物園の南側に小隊を集結させていた。とはいってももはや無事な生徒は10名しかいなかったため、 学校から補充要員として送られてきた生徒10名を加えて総勢20名となっている。 現在の状況はこうだ。植物園北側は古泉の小隊が押さえて、敵の侵入を阻止している。 エスパー戦闘経験のある古泉の度胸はとてもよく、敵の攻撃をものともせずに押さえ込んできた。 一方の南部が問題だ。鶴屋さん部隊も俺たちと同じく包囲状態になり、完全に孤立してしまっていた。 さらにここ2時間近く連絡すら取れない状態に陥っている。そのため、長門の支援砲撃ができない。 闇雲に撃ち込んで、間違って鶴屋さんたちに当たれば本末転倒だ。 それを救出するべく俺たちは森との境界線に陣取っているんだが、 向こうも南部への移動を阻止するように抵抗が激しく、鶴屋さんの救出どころか、植物園から森に侵入すらできていない。 何とか森との境界にある小さい丘に身を隠し、敵の銃撃を受けないようにしているだけである。 「ガンガン撃ち込んでくれ、長門!」 俺は膠着状態を打開するために、徹底的に砲撃をさせていた。向こうが壁を作って通さないというなら、 こっちは完膚無きまでそれを破壊しつくまでだ。しかし―― 「だめだね。まだこっちに向かってガンガン銃撃してくるよ」 「どこに潜んでいやがんだ。さっきからあれだけ撃ち込んでいるってのによ!」 国木田の言葉に俺は吐き捨てるように怒鳴った。ここに来て、砲弾を受けても効果なしなんて言うインチキを 始めやがったんじゃないだろうな? また、目前で4発の迫撃弾が着弾した。轟音と砂が顔に降りかかってきたので、あわてて頭を下げる。 「油断するとヘルメットごと頭を持って行かれるかもね」 となりで物騒なことをひょうひょうと言うのは国木田だ。どうしてこいつはこんなに度胸が据わっているんだ? 俺はずれたヘルメットをかぶり直しつつ、 「砲撃で効果がないってなら、別の方法を考えないと――ん?」 そこまで言って気がつく。先ほどの着弾以降、敵側からの銃撃がぴたりと収まっていた。 ようやくクリティカルヒットだったか? 「よし……一気に前進するぞ。ついてこい」 俺は慎重に腰をかがめながら立ち上がり、丘を登り始める。同時に小隊全員がそろそろと俺についてきたが…… 「……ぶっ!」 情けない声とともに、俺は丘の下に引きずりおろされた。だれかに服を強引に引っ張られたようだが―― 同時に丘の向こうで悲鳴が飛んできた。さらに、身体に銃弾がめり込むいやな音と血しぶきも一緒にだ。 あわてふためいた生徒たちが次々と丘の下に飛び込んでくる。 「キョン、大丈夫かい!?」 俺を丘の下に引きずりおろしたのは国木田だった。何を考えているんだと怒鳴りそうになった瞬間、 その意味を理解する。頭の上を飛び越えていく銃弾の荒らしと、丘の向こうから聞こえてくる絶望的なうめき声を聞けば、 どんなバカでも理解できるはずだ。 答えは簡単。またしても、敵の罠に引っかかったのだ。砲撃の着弾と同時に、銃撃をやめる。 やったと思った俺たちがのこのこ丘を越えてきた時点で狙い撃ち。こんな単純な手に引っかかるとはバカか俺は! 俺はそろりと丘から頭半分を出し、どうなっているのかを確認した。そこには血まみれになった生徒二人が 倒れている。一人は突っ伏したまま動かず、もう一人は痛みのあまりうめいて手をばたつかせていた。 あまりの悲惨さに思わず身を乗り出して手を出そうとするが、それを阻止すべくまた敵の銃撃が始まる。 数発が負傷した生徒に命中し、さらなる悲鳴を上げた。奴らには情ってモンがないのか!? 「助けないと!」 俺は飛び出して行こうとするが、またも国木田に制止させられる。 「冷静に! とにかく、こっちも撃ちまくって向こうの頭を下がらせるんだよ。その隙に救出するべきだね」 「く……わかった。すまんが頼む」 国木田の案を受け入れて、俺は生徒たちに一斉射撃を命じた。全員一気に立ち上がるとそこら中の茂みに向けて乱射を始める。 敵側の銃撃が収まったことも確認せずに俺は丘から身を乗り出し、負傷した生徒を丘の下に引きずりおろした。 同時に動かなかった生徒を小隊の一人が同じように引きずりおろす。 俺が助けた方は、名前も知らない女子生徒だった。全身の銃弾を浴びて、傷だらけどころかぐちゃぐちゃだ。 「ハルヒ! 負傷者だ! ひどい怪我なんだ! 誰かよこしてくれ!」 『わかった! 何人か向かわせるわ!』 無線連絡後、ハルヒ小隊の何人かが、その女子生徒を回収していった。すでに瀕死の状態だったが、 それでもまだ生きている以上、こんな弾の飛び交う場所に置いては置けなかった。 「くそっ……」 俺は丘の下で座り込み、ヘルメットを取ってため息をつく。やりきれなさすぎる。 鶴屋さんたちを助けたいがどうすることもできない。無理につっこめば、こっちの犠牲が増えるばかりだ。 救出する方が損害大では意味がない。どうすればいい? いっそ鶴屋さんたちが自力で戻るのをここで待つか? 包囲状態とはいえ、そのままでいるわけもないし、こっちに移動してきているはずだ。 だったら、それを向かえ入れた方が…… と、突然そばにいた生徒から無線機を渡される。古泉からの連絡らしい。 「なんだ古泉。今はおまえの話を聞くような気分じゃないぞ」 『それだけ言えるならまだ無事と言うことですね。安心しました』 全然安心できねえよ。あっちもこっちもめちゃくちゃで、頭がおかしくなりそうだ。 いや、普段の俺だったらとっくにおかしくなっているだろうよ。ちくしょう、一体どれだけ俺の頭の中をいじくりやがったんだ。 『それはさておき、そっちの様子はどうですか?』 「その前におまえの方を教えてくれ。聞く前にまず自分から言うもんだろうが」 自分でもそれは違うだろと自己つっこみをしてしまったが、古泉は苦笑しているような声で、 『こっちはなかなか派手な状態ですよ。北部一帯で防御戦を引いて何とか敵の植物園侵入を阻止していますが、 向こうも焦っているんでしょうか、携帯型のロケット弾ぽいものを持ち出してきました。 さっきからそれの雨あられですよ』 それでも防御線を守りきっているのか。本当にたいした奴だな。ハルヒの見る目も。 『そろそろ本題に移りましょうか。どうやら、そっちは未だに鶴屋さんのところにたどり着けていないようですね』 「ああ、腹立たしいがその通りだ。敵の抵抗が厳しい上に、砲撃が全くきかねぇ。これじゃどうしようもない。 正直、侵入はあきらめて鶴屋さんが戻ってくるのを待ったほうがいいかと考え中だ」 『それは待ちぼうけになるからやめた方が良いですよ』 なに? それはどういう意味だ? 『ここに来るまでの間に、涼宮さんと鶴屋さんの無線連絡を耳に挟みましてね、いえ、盗み聞きしたわけではありません。 すごい剣幕で話しているからいやでも耳に届いたんですよ』 ハルヒと鶴屋さんが言い争い? 全く想像ができないぞ。どういうことだ? 『完全に聞いたわけではありませんが、大体想像がつきます。鶴屋さんは、目的であったロケット弾発射地点を 制圧するまで撤退するつもりはありません。たとえ、誘い込むための罠であってもです』 「うそだろ……」 俺は唖然としてしまった。さらに古泉は続ける。 『気持ちはわからなくないですね。あなたの方は、逃げた敵の掃討だったので、 罠とわかればあっさりと撤退が可能です。実際にそうなりましたしね。しかし、鶴屋さんの方は違う。 たとえ、罠であってもここで発射地点を制圧しなければ、北高への攻撃は続行されるでしょう。 結局はまた制圧に向かうことになる。それでは同じ事の繰り返しです。ならば、どんな犠牲を払ってでもとね。 できることなら犠牲を出したくないという涼宮さんとは完全に対立するでしょう』 ハルヒは自分で何でもやりたがるタイプだ。間違っても自分の作戦で他人が死にまくっても平然としているような奴じゃない。 そんなことになるくらいなら、ハルヒ自身がやろうとするだろう。今思えば、植物園にハルヒ小隊を置くと 頑固に言い張ったのも、指揮官が前線に出るなんてという考えと、できるなら自分が戦っていたいという考えの ぎりぎりの妥協点だったかもな。 そして、鶴屋さん。正直なところ、鶴屋さんの人物像はつかみづらい。すごい人であるという認識程度だ。 今回だって包囲状態に陥ってもなお発射地点制圧をすると強弁できるなんて常人には―― 待てよ? ひょっとして鶴屋さんは最初からこれが罠であるとわかっていたのか? 『僕もそう思いますね。鶴屋さんは罠の可能性を強く疑っていたのではないでしょうか。 だからこそ、たとえ罠だとはっきりしても目的を変更するつもりはない。そう言うことでしょう。 また、あの時、罠である可能性をしてきた僕の意見に対して何も言わなかったのは、 罠であろうがなかろうが関係ないということだったのでは』 鶴屋さん……あなたって人はっ……どこまで俺たちの上を行くつもりなんですか? しかし、そうなると未だに鶴屋さんが帰還しないと言うことは、制圧もできていないと言うことだ。 『そうでしょうね。だからこそ、あなたには鶴屋さんのところへ向かってほしいんです。 救出ではなく加勢としてね』 古泉の言葉で俺の腹は決まった。何としてでもここを突破する。それしかない。だが、どうすりゃいい? 『確証はありませんが、敵の動きは涼宮さんの性格を強く意識しているように思えます。 今回の待ち伏せを考えてみてください。敵は北山公園で待ちかまえると同時に、遠距離から北高を攻撃しました。 この場合、我々にはいろいろ選択肢があります。たとえば、こちらの砲撃で徹底的に北山公園南部を砲撃する―― これは長門さんが効果が薄いと言っていましたが。また、校庭にヘリコプターもありましたから、 あれで発射地点を確認し、少数部隊でピンポイントで叩く。砲撃に耐えながら、学校に完全に立てこもって 籠城という手段もありますね。考えればもっといろいろあるかと。 しかし、涼宮さんの性格上、確実に北山公園全土制圧を一番に考えるでしょう。 やられっぱなしなんてもっとも嫌がりますし、ピンポイント攻撃だと相手が逃げ回って延々と追いかけ回すことに なりかねません』 また頭上を飛んでいく銃弾が激しくなってきた―― 『このようにたくさんの可能性がありながら、敵は誘い込んで待ち伏せという手段をとっていました。 完全にこちらの動きを読んでね。涼宮さんの性格を知っているからこそ、迷わずにその手を採用したんです。 そして、自らが決定した作戦のせいでたくさんの犠牲者を出したことになれば、 涼宮さんに与えるダメージは半端ではありません』 「ハルヒの考えを読んでいたとは限らないだろ。敵はこれだけの世界を簡単に作り出しちまうんだ。 なら、俺たちは常に監視されていて、こっちの動きが筒抜けの可能性だってある」 『ええもちろんです。しかし、たとえそうであっても敵の目的が涼宮さんであることには違いありません。 それを最優先に動いてくるはずです』 なるほどな。なら敵はロケット弾発射地点を死守したりすることよりも、ハルヒに精神的苦痛を与えることを 最優先に考えているって事か。 『話が早くて助かります。敵の動きと涼宮さんの考えと照らし合わせれば、おのずと敵の動きも読めるのではないでしょうか。 今言えることはそれくらいですが――おっと、ちょっとこっちも活気づいてきてみたいですね。 あとはお任せします。ではまた』 そこまでで通信は終了。俺はサンキュと無線を持った生徒にそれを返す。 さて、どうするか。敵は砲撃ものともせずに、俺たちの鶴屋さん小隊との合流を阻んでいる。そこまで粘る理由は? そりゃ、包囲状態にした敵――鶴屋さんたちと増援の俺たちの合流を許すわけがない。いや待て、その考えじゃダメだ。 こうやって、俺たちが何もできずにただ時間がたっていることにハルヒは相当のいらだちを覚えるはずだ。 だから、こうやって俺たちの足止めを行っている……よし、この考えで良い。 そうなると、敵はできるだけ鶴屋さんの孤立状態に陥らせることに専念するはず。では、どうする? 「……ちっ」 結局、相手の考えを読んだところで何も変わらねぇ。敵の目的と俺たちの目的が完全にぶつかっているからだ。 なら、ここからの鶴屋さんの場所に向かうのはあきらめて、数名で北山公園のすぐ南にある光陽園学院に行き、 そこから北上して行くか? いや、敵は信じられないことを平然とやっているんだ。その動きを読まれて、 すぐに防御線が築いてしまう恐れもある。 だったら目的を変更してやればいい。俺の目的は鶴屋さんへの加勢なんだから……加勢に行かない? ふざけんな。 そんなまねができてたまるか。じゃあ、いっそ南部を手当たり次第砲撃するように長門に指示するとか……鶴屋さんを殺す気か? ん、ちょっと待てよ? ハルヒは全員の植物園までの撤退を望んでいるという。だが、鶴屋さんはそれを拒否して、 未だに発射地点制圧を行っているんだ。ならそれは敵にとって想定外の事態じゃないか? 鶴屋さんの後退を阻止するのではなく、発射地点を防御しなけりゃならないからな。 でも、発射地点は敵にとってさほど重要なものではないと思える。俺たちをここに誘い込むだけの利用価値のはず。 さっさと鶴屋さんたちに破壊させて、包囲状態にでも何でも置けばいい。だが、確信を持って言えるが、 鶴屋さんたちはまだ発射地点を制圧できていない。何の証拠もないが、無線連絡が取れなくても、 あの人なら何らかの手段で俺たちにそれを伝えるはずだ。絶対に。 俺はふとあることを思いついて、無線機を取る。話す相手は朝比奈さんだ。場違いな相手じゃないかって? だが、俺たちの中で一番鶴屋さんのことを知っているのは、朝比奈さんであることに間違いないだろ? 『キョンくん! 大丈夫なんですかぁ!?』 焦りきったマイエンジェルの声に俺はいくらかの癒しパワーを受け取ってから、 「ええ。何とかまだ生きていますよ。ところでちょっとお話が」 俺は今の状況を端的に話す。俺が知りたいのは鶴屋さんならどうするのかとか、 鶴屋さんならどのくらいできるだろうとかだ。 朝比奈さんはう~んといつも以上に悩みながら、 『そうですねぇ……わたしが言えるのは鶴屋さんは本当にすごい人です。だから、そんな危ない状況でも 簡単に抜けられちゃうんじゃないかなぁって思うんです。でも、何でこんなに時間が……』 今の会話に俺は何かを感じた。どこだ? すごい人の部分か? そんなことは俺もわかっている。 簡単に抜けられちゃう……ここだ。そうだ、包囲状態でも攻撃を続ける鶴屋さんなら 植物園までの後退は簡単にできるんじゃないか? だからこそ、敵は鶴屋さんを引き留めるために 発射地点を死守する必要がある。それなら、理屈が合うってもんだ。 『でもぉ……ひょっとしたら……』 「朝比奈さん」 まだ独白のように続ける朝比奈さんの言葉を遮り、 「ありがとうございます。おかげで考えがまとまりましたよ。すごく助かりました」 『え……えっ?』 何が何やらわからない朝比奈さんがかわいらしすぎてもだえそうになるが、ここは我慢だ。それどころではないからな。 「じゃあ、また学校で会いましょう。戻ります」 『待って!』 突然、朝比奈さんからせっぱ詰まった声が飛ぶ。 『鶴屋さん……いえ、みんな無事なんですか? ここからじゃ、一体何が起きているのかさっぱりわからなくて……』 今にも泣き出しそうな――いや、もう涙ぐんでいるのかもしれない声が無線機から漏れてきた。 俺はどう答えるべきかしばし考えた後、 「大丈夫ですよ。SOS団はまだ健在です。鶴屋さんもきっとぴんぴんしていますよ』 俺は事実だけを言った。でも、谷口は死んだとは言えなかった。 朝比奈さんは俺の言葉にほっとしたのか、 『がんばってください。また学校で』 そう言って無線を終了した。すみません、朝比奈さん。 そこに国木田が丘の下に滑るように降りてきて、 「で、キョン。どうするのさ」 「今はこのままだ。しばらくしたら絶対に変化が起きる。そしたら、こっちも動くぞ」 国木田は俺の自信めいた口調に疑問符を浮かべながらも、また丘の上の方に戻っていった。 これから起きることは二つだ。まず第一に鶴屋さんが発射地点を制圧する。そうなった場合、 あらゆる手段を使ってでも、俺たちにそれを知らせてくるだろう。次に鶴屋さんたちが全滅する――考えたくもないが。 だが、この場合は敵が発射地点の防御を行わなくなることから、植物園に対する攻撃の動きが変化するはずだ。 今はどちらかが起きるのを待つ。これでいい。 ◇◇◇◇ 変化は意外に早く起きた。俺が待ち始めてから15分後、一発のロケット弾が北山公園南部から発射されたという 長門からの無線連絡が入ったのだ。同じ頃に、南部でひときわ大きい爆発音がとどろいている。 ただし、発射されたロケット弾は 『こちらは攻撃を受けていない。確認した限りでは、北山公園から東側に向けて発射された。今までとは明らかに違う』 以上、長門からの報告。もう俺は即座に確信し、ハルヒへと連絡する。 「おい、長門からの話は聞いたか?」 『聞いたわよ! これは鶴屋さんからの敵制圧の合図に違いないわ! さっすがSOS団名誉顧問だけのことはあるわね!』 「ああ、俺もそう思う。で、俺はどうすりゃいい?」 『とにかく、あんたがぼさっとしている間に向こうはけが人とかでているに違いないわ。 とっとと助けに行きなさい! 以上、命令終わり!』 やれやれポジティブ思考が復活しつつあるようだ。でも、その方がハルヒらしくて安心できるけどな。 「さてと……」 敵はしつこく俺たちに向けて銃撃を続けている。これからどうするか。ハルヒは助けに行けと言った。 なら、敵はそれを阻止するように動くのか? いや待て、それでは今までと大して変わらない。 もっとも大きな精神的ダメージを与える方法は? 俺は結論を出したとたん、笑い出しそうになった。ひょっとしたら初めて敵を出し抜けるかもしれないと思ったからな。 また、俺は無線で長門に連絡し、俺たちの動きを阻止している敵にめがけて、10発ほど砲撃を行うように指示する。 そして、数分後的確な砲撃が俺たちの目前に降り注いだ。今まで以上の轟音に俺は耳を押さえて、鼓膜を守った。 着弾音の余韻が通り過ぎると、辺りに静寂が戻ったことを【確認】する。 「また罠かな?」 国木田は警戒心を表していたが、俺はそれを無視し、一人で丘の上に立ち上がった。 「キョン! 何をやって……え?」 抗議の声を止めたところを見ると国木田も気がついたらしい。まったく弾丸は飛んでこないことに。 俺はそのまま小隊の生徒たちを待機させたまま一人じりじりと前進し、森の中に数歩はいる。砲撃のすさまじさを 表すように地面が穴だらけになっていた。しかし、敵は一人もいない。 確認完了だ。俺は右手を挙げて、小隊を前進させて森に入らせた。 ◇◇◇◇ 「やあ……キョンくんひさしぶり……でも、ダメじゃないか……敵は……」 鶴屋さんの力ない声が耳に流れ込んでくる。ほとんどかすれ声だった。だが、言おうとしていることはわかる。 同時に俺の背後ですさまじい銃撃戦が始まった。俺たちが来た道から背後を突くように、 敵が襲ってきたからだ。だが、この攻撃をわかっていた俺たちにとって、それは背後からの攻撃にはならない。 完全に迎え撃つ準備はできている。 しばらく激戦が続いたが、やがて敵は長門の砲撃を受けて下がっていった。 「すごいね、キョン。何でわかったのさ?」 「俺だって学習能力ぐらいはあるんだよ」 国木田の指摘を軽く流して、俺は周囲を見回す。鶴屋さんがいたのはやはりロケット弾発射地点だった。 すっぽりと森に穴が開いたような場所に一台のトラックが置かれている。その上には ロケット弾を載せるための鉄レールを平行に並べ柵状にした棚が乗っていた。いわゆるカチューシャロケットと言われる 多連装ロケットランチャーだ。こんなもんで俺たちを攻撃していたとはな。 敵の動きは大体読めていた。ハルヒは鶴屋さんたちを助けに行けと言った。そして、敵はすんなりと鶴屋さんのもとに 俺たちを招き入れた。理由は簡単。今度は俺たちを包囲状態にするためだ。北山公園に俺たちを誘い込んだのと 同じ手法である。ハルヒが決定して、そのせいで俺たちが大損害、となればまたまたハルヒに与えるダメージはでかいと 踏んだのだろう。だがな、甘いんだよ。そうそう何度も同じ手が通用してたまるか。 だが、予想外なことも一つだけあった。最悪なものだ。 「ふふっ……そっかぁ……キョンくんも気がついたんだねっ……」 鶴屋さんは息も絶え絶え、寄りかかるように座っている木の根元には血だまりができようとしていた。 周りにいる鶴屋さん小隊の生徒4人も不安げな表情で見つめている。 そう、鶴屋さんは銃撃を受けて今にも息絶えようとしている。くそったれ! やっとここまで来れたってのに! 「鶴屋さん! ようやく来れたんです。早く学校に戻りましょう!」 俺は鶴屋さんを背負おうと彼女の肩に手をかけるが、そばにいた鶴屋さん小隊の生徒から制止される。 衛生兵の役割を担っていた彼は、動かせない。動かせば死ぬだけと沈痛な口調で言った。 「そんな……やっと目的を果たせたんだ! 連れて帰らないと! 大体、おまえら何で指揮官を守ってねえんだよ…… ってそうじゃねえだろ! くそっ! 何言ってんだ俺は!」 あまりの言いように、自分自身に怒りが爆発する。鶴屋さんは自分の配下の生徒たちを力なく見回し、 「責めないでよ……みんな必死にやったさ。無能なのはあたし自身。結局、守れたのはたったの四人だけっさ……」 鶴屋さん小隊の人間から聞いたことだが、植物園から南部に小隊が入ってすぐに攻撃を受けたらしい。 その後、包囲状態に置かれようとしたが、先手を打った鶴屋さんが小隊をさらに3~4人に分けて、 北山公園南部一帯に散らばせた。そのため、敵はその散らばった小隊を追いかけ回し、 鶴屋さんたちはロケット弾発射地点を探し回る。まるで鬼ごっこ+缶蹴りだ。 鶴屋さんたちは空き缶=カチューシャロケットを探し続け、ついに目的を果たした。 目的を果たしたと同時に、散らばった生徒たちは植物園に戻るように指示していたらしいが、 ハルヒに確認した限りでは誰も戻ってはいない。ここにいる生徒以外は全滅したと言うことだろう。 さらに鶴屋さんまでもが…… また、俺の背後で銃撃戦が始まる。しつこい連中だ。いい加減、あきらめろ! 「キョン、このままだとまた包囲されるよ」 「んなことは言われんでもわかるさ……!」 国木田の言葉に、俺は焦燥感だけが募る。このまま鶴屋さんをおいておけるわけがない ――今までさんざん【仲間】を置き去りにしてきただろ? わかっているさそんなことは……! 「行ってほしいなっ……わざわざあたしをえさにしている敵の思惑に乗ってほしくないにょろよっ……」 「わかっています……わかっているんです……!」 どうしても踏ん切りがつかない。だが、それでもつけなければならない。 俺は絶望的な思いで言う。 「つ、鶴屋さんっ……。朝比奈さんに……朝比奈さんに伝えることは……!」 のどが悲鳴を上げるほどに力んで言葉を出しているのに、それ以上口を開くことができなかった。 でも、鶴屋さんはそれを待っていたのか、にっと笑顔を浮かべて、 「悪いけどみくるにはだまっておいてくれないかなっ……きっと気絶なんかしちゃってみんなに迷惑かけちゃうかも」 「わかりました……!」 「あと、あたしの仲間も連れて行ってっ……最期の最期までバカみたいにあたしについてきてくれた大切な仲間っさ……」 「もちろんです……!」 もうここまで来ると俺は鶴屋さんの顔を見ることすらできなかった。受け入れられない現実を拒否したいのか、 耳すら閉じたくなる。 「じゃあキョンくん!」 突然、かけられたいつもの鶴屋さんの声。俺ははっといつのまにか下がっていた頭を上げると、 普段と変わらない笑顔を浮かべ、俺の方にぐっと腕を突き出した鶴屋さんがいた。 「また学校で!」 その言葉と同時に、鶴屋さんは全身の力が抜け落ち、頭も完全にたれた。元気よくつきだしていた腕も、 力を失って地面に向かって落下する。 すいません鶴屋さん。絶対に元の世界に戻ってまたいつものように騒ぎましょう。でも、ここにいて、 果敢に戦い抜いた今のあなたのことも絶対に忘れません……! 俺は目に浮かんでいた涙をぬぐい、周りにいた鶴屋さん小隊の残りを見回す。皆一様に指揮官の死に涙していた。 これは絶対に作られた感情ではなく、本人の本来の意志によるものだと確信できるほどに悲しんでいるのがわかった。 「これから、おまえらは俺の指揮下に入る。問題ないな?」 4人とも、潤んだ目をしっかりと俺に向けて頷く。 国木田たちと敵の戦闘はますます激しくなりつつあった。もはや一刻の猶予もない。 俺は無線機を持った生徒を呼びつけ、ハルヒに連絡する。 「おいハルヒ、聞こえるか?」 『何よキョン! 鶴屋さんたちのところについたなら、早いところ戻ってきなさい! 当然、鶴屋さんたちもつれてね! 30分以内じゃないと罰金――』 「鶴屋さんは死んだ」 俺の言葉でハルヒは絶句した。叫びたいのを必死にこらえるようなうめきと、何と言って良いのかわからないという 不安定な吐息が無線から流れ込んでくる。 「いいかハルヒ。これから俺が言うことに黙って従え。いいな?」 『…………』 「いますぐ、古泉たちをつれて北高に戻れ。俺たちが戻るのを待つ必要はない」 この言葉に激高したのか、ハルヒは砲弾の着弾音以上の声で、 『バ、バカなこと言うんじゃないわよ! いい!? あんたたちが戻るまで死んでもここを死守するから! 絶対に帰ってくるのよ! 絶対絶対絶対よ! 見捨てるなんて絶対にしないから……帰ってきて! 絶対!』 「良いかよく聞けハルヒ!」 俺の怒鳴り口調にびびったのか、錯乱状態だったハルヒの口が止まる。 「冷静に聞けよ。今、俺たちはまた敵に包囲されようとしているんだ。敵の狙いは、植物園に俺たちが戻るのを阻止すること。 今おまえが俺たちを放って学校に戻るなんて、敵は頭の片隅にすらねえはずだ」 『あんたたちはどうするつもりよ! 玉砕なんて死んでも許さないんだからね!』 「俺たちはこのまま北山公園を南下して、光陽園学院前に出る。そして、学校東側から戻る。 安心しろ。絶対に学校に戻るから心配するな」 ハルヒはしばらくぶつぶつと聴き取れない抗議めいたことを言っていたようだが、やがて、 『……わ、わかったわ……絶対に帰ってきなさいよ!』 「当然だ」 話し合いがまとまったので、俺は無線を終了しようとするが、 『待ってキョン!』 ハルヒがなにやら確認したいらしい。しかし、なかなか言い出せないのか、しばらくうなったような声を上げていたが、 『鶴屋さん……鶴屋さんはどうするの……?』 「……俺の口からいわせないでくれよ。すまん」 『……ゴメン』 そこで無線が切られた。おっと一つ言うことを忘れていた。 『……なに? まだなんかあるの?』 悪い知らせと思ったのか、びくびくとした様子が手に取るようにわかった。 「すまないが、朝比奈さんには鶴屋さんのことは言わないでくれるか? 鶴屋さんからの遺言なんだ。 万一、聞かれたときは――あー、足をくじいたから近くの民家で、このばかげた戦争が終わるまで隠れているって言ってくれ」 『了解……』 そこで今度こそ無線終了。さて、 「よし、このまま南下して学校に帰るぞ! ついてこい!」 俺の空元気な声が飛んだ。 ~~その4へ~~